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くらげ日記0007

つれづれなるくらげな日々

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000709

日記というより、愚痴記というか、雑感というか、そんなものになりつつあります(^_^;)こんなことではいかんな。 自分の事ばかりに目を向けるんでなく、世の中の出来事にも目を向けよう。うん(笑)

☆社会面:――騒がしい日が続いています。九州沖縄サミット開幕はもうすぐなんですが、福岡ではそれに先立つ蔵相会議が行われています。 おかげで宅配便の時間指定が出来ないそうな。交通規制があるからだとか。サミットに向けて沖縄でもいろいろな規制が行われていて大変なようです。 かと思ったら、一部では地震も起こったとか。台風も近づいています。いろいろ大変だと思いますけど、皆さん、頑張ってください。

★くらげ面:書いて落ち込みを解消!と思ったんですが(^_^;)書いても落ち込むことってありますねえ。 というか、焦燥感かな。あれもやらなきゃ、これもやってない。あのことも気になる――という。 自分の段取りが悪いからそうなるんだけど、なんだかどんどん落ち込んじゃいます(笑)と、それをここで言う事で、 落ち込みをまわりにまき散らしているという(苦笑)ま、でも、それが必要な時は書くしかないのでしょう。 だけどこのままじゃ終わらせないぞ。全部済んだ時(死ぬとき)まで落ち込むのはいやだからね。 今、目の前にあることをきちんとやること。やろうと決めた事に責任をもつこと。義務を果たせば権利を得ることもできる。 責任を果たせば、そこには自分の満足感がある。間違ってることもあるかもしれない。もっと気を抜いてもいいかもしれない。 だけど、これは自分が選んだこと。その向こうには確かに望んだものがあるんだから。
というわけで、LD37章のUPです。専用掲示板にも書いているけど、しばらく書かないと世界の中から出ちゃいますね。
最近、中島梓の「小説道場」を読んでいまして(笑)いやー耳が(目か?)痛いわ(^_^;)そうだよなあ。それでいくと、 LDなんかとんでもないぞ。小説以前だし、キャラは出過ぎ、何がテーマか判らない、独りよがり、おまけに書きたい事をうまく出す術もない。 ――読みながら、「ああ、リアルタイムでこの本を読んでれば…(T.T)」と何度おもったことか判りません(笑)まあ、私が書きたい事は、この本で扱っているジャンルでなければならない、 というわけではないから、いいのかもしれないけど。私はそこから何とか脱出し、あの頃に得たものを心に残しながら、でも、それ以上になりたいと思っています。 もう私には、JUNEは書けないかもしれないなあ(^_^;)自分がある意味救われちゃってるから。まあでも、救われたと感じるところまで来るには、かなり辛くて苦しい時期もあったわけでして――あ、なんか、 それを考えたら、落ち込むにはまだまだ、という気持ちになってきたぞ(笑)そう、少なくとも私には今、確かに自分という手応えがあり、 大切なやるべきことがある。見つけだしたものがあるんだから。
何度も何度も書いている事だけど、さあ、行こう。歩きだそう。


000708

お久しぶりです。くらげです。
私は新潟まで酒を呑みにでかけ、どたばたしている間に選挙も終わって、結局森総理は続投らしい。 世間はもうすぐサミットで、Jリーグはセカンドステージが開幕。梅雨はどうも空梅雨で、福岡の水が心配だったりするのに、 関東の方じゃ、わけの判らない夕立が嵐のごとく降ってくるらしい。と思ったら、台風がやってきて、 九州には来なかったけど、昨夜から関東の方は大変だとか。…1ヶ月ってあっという間ですね。
この1ヶ月、毎日「ああ、日記書かなきゃ…」と思っていながら書き出せませんでした。他にもやることがある、 それなのに日記なんか書いてていいんだろうか、と思ったりして。――でも、だからってその「他の事」も ちゃんとやれてるわけじゃない、なのにやっぱり「自分の好きなことをしてちゃいけない」と思ってしまうのです。 本当はね「自分の好きな事をするぶんだけ、やるべきこと、やろうと決めたこと、自分の義務も果たそうね」って事なのね。 だけど私は「義務を果たさなければ自分の好きな事はやってはいけない」と思ってしまう。じゃあ、義務は果たせてるのか。 いえいえ、そっちもやっぱりいい加減です。結局、本当に身体が、精神が、気持ちが、求めてることを自分が自覚してないと駄目なんだね。 そりゃ仕事は大切です。社会人としての義務だもの。そして、その仕事も社会人であることも、私自身がそれを選んだのだもの。 それをしないことは「自分を裏切る」ことに他ならない。だけど、そういう観点でみると、本当に書きたいことを 「義務を果たしてない」から「やらない」のも、やっぱり「自分を裏切る」ことなんだよねえ。うん。
私は、人を裏切るのが怖いです。そう、嫌いというより、怖い。なぜなら、それでは自分が人でなしになったと思えるから。 人からかけてもらった期待を、人から与えられる愛情を、そのまま受け止めるだけのものが自分にあるとは、実はとうてい思えません。 だから私は人を愛そうとする。愛することで、少しでもいい、自分が豊かになり、人としてまともになるために。 それが強迫観念じみた想いだとは判っていても、それでも、私は怖いのです。人に愛されることは、その人からもらってる期待を裏切らずに生きること、 それだと思ってしまうのね。なんでこうなったんだろうなあ。少なくとも両親は、とても私を愛してくれていたのになあ。
ああ、でも、だからこそ、私は自然に人を愛せます。その中に怖れや義務感を内包してはいるけれど、「好きだ」という気持ちに 偽りはないし「好きでいて欲しい」と思う。私が過剰に怖がってしまうのは、結局、「いい子ちゃん」でいようとするからなのかもしれない。 「いい子ちゃん」で居ても全然苦じゃなかった時期が長すぎたのかもしれない。両親に反旗をひるがえし、世間様に向かって 「まけてたまるか」と思い、――これって実際は両親もずっと経験してきた事だったんだろうけど、彼らが私を生み育ててくれたのは、 それなりに人生の円熟期に近い頃だったから、自分なりに昇華してたのかもしれないなあ。
 人から愛されることは、その人からの期待を裏切らないこと、では決してありません。
愛してもらえば、期待に添えたいと思うでしょう。
それは自然な事だよ。本当に。嬉しいから、この人に喜んでもらいたい、と思う。
だけど、それが負担になっちゃったら、それは哀しい。ううん、愛故の負担や義務感は楽しいものだよ。 楽しくなくても、哀しくても、それはそれで素晴らしい。愛してもらった分、自分が嬉しかった分、相手にも この素敵な嬉しい気持ちを返してあげたいと思う。それには苦しみもつきまとうし、つらさもあるでしょう。 だけど、それさえも、幸福な気持ちになれる、それがホントの愛だと思う。そして、迷惑をかける事も、 相手に対して裏切る様な真似をしても、ちゃんと受け止めてあげられる、ちゃんと受け止めてもらえる、と、 そう感じることができたら、その時は本当に心が通じてるって事なのだと思うのだ。
その時、その間には「期待を裏切るのが怖い」とか「期待してるのに」って気持ちは必要なくなると思う。 勿論人間、思うことはあるし、腹の立つこともあるだろう、怒りをもつこともあるだろう。
でも、いいのだ。それをちゃんとぶつけて、受け止めて。それが出来ることは、愛情と信頼の証だと思うから。
あ、これって、男女の愛の話じゃないんですよ。人と人の、友情でも、愛情でもいい、 ただ、そこにたまたま隣り合わせた人でもいいの。その時、どれだけの気持ちをもてるかって話ですからね。
ああ、何を書いてるんだ(^_^;)
私は本当にたくさんの人に愛されて、たくさんの人を愛してる。皆さん、本当にありがとう。こんな馬鹿な話を読む人っているのかな、と思うんだけど… それにホントはこういうの、ちゃんとお話で書けよって思うんだけど。でも、今日はこれを書くことが必要だったのだ。そういうことにしておきましょう。 皆さん、本当にありがとう。
私は自分のWEBを作り続けることに、義務感を抱いている。そうしないと、自分が保てないからだと思う。 私のアイデンティティは「人の期待に応えること」にあるのかもしれない。だけど、私の中でそれを上回るものがふたつだけ、ある。 ひとつは「書くこと」――たとえ、誰も読んでくれなくても(そりゃ勿論、読んでもらえた方がどれだけ嬉しいか判らないけど(笑)) なんの報いもなくても、私は自分の中を文字につづらずにはいられないのだということ。そしてもうひとつは、大切な人を愛していること。 これも同じ。私が報いを求めないのは、多分このふたつだけだ。もちろん、報いは欲しい。だけど、無いからと言って、それをやめる事が出来ないこと。 すべて亡くして、全部駄目になっても、このふたつだけは私は持っていられる。それが私の救い。それが私の存在理由だからだ。 それを許してくれ、それを認めてくれる私のまわりの人々に、本当に感謝したい。ありがとう。


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