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URA LD

shula_satori
〜meal〜




「さて、と」
美古都が二人を連れて本体へ還っていくのを見届けたあと―――
その空間には、修羅と哲理のふたりが残っていた。
「無事に戻ったみたいだね。」
「ああ、夜地が控えている。あれならば間違いなく美古都を引き上げるだろう」
「うん―――」
満足そうに、哲理が頷く。
「で?」
「ん?」
「何故残った」
「そういうお前は何故さ。…道の修復にしろ、結界の再構成にしろ、ここじゃできないだろ」
そう言って、哲理は修羅をねめつける。
「お前が残るというのに、私だけ帰るわけにはいかんだろう。」
「還ってくれても良かったんだけどな…。ま、感謝するよ。残ってるってことは、わかっているんだろう、、、、、、、、、?」
口元に歪な笑みを浮かべて、―――目を細めて。獲物を前にした獣のように。
「やめろ、と言ってもきかんのだろうな…」
ため息をつく。そうとも、想像はついていた。ここで哲理が何をするつもりなのか。
「もちろん―――流石にあいつらに見られたくはないけどさ」
ふふん、と笑って、そして、そこにまた視線をうつす。
―――さきほどまで、友美が居た、その空間。
あの、二人が住んでいるマンションと同じ形をしていたその部屋の向こうには、闇の異界へと続く空洞が広がっている。遙か遠くに見える、黒い太陽。その部屋は今やその形をぐにゃりと変え、くらい、くらい、闇の空間へと戻っていた。
そこに、まだ、残っているものがある。
残留思念―――長い長い年月の間にふり積もった、「彼女」の、またその血を受け継ぐ女たちの声。或いは香月家の栄華の裏で怨みを残して消えていった、小さなものたちの、その思いであったもの。いまや美古都の炎によって人々の魂は浄化され、有るべき場所へ還っていった。そこに残っているのは、その残り火。焼け跡に残る熱。指し示す方向もなにもない、ただ在るだけの、それなのに膨大な負の思念エネルギー。そのままでは何もなし得ず、やがて時間をかけ、ゆっくりと、ゆっくりと大気に熔けていくであろうもの。
これ、、は、私のものだ。そうだよな?修羅」
哲理の目が、修羅を捉える。
そうとも、判っている。この、目の前にいる存在は、まっとう、、、、なものではない。魔と同じ人々の怨嗟や哀しみを糧とする、闇の生き物。
判ってはいても、それを見るのには痛みを伴う。
仕方のないことだとはいえ。
もう、彼女が人間ではないのだと、思い知らされるから。
タダロハで貰おうとは思っちゃいないよ。トモだって返してもらったからな。筋は通さなきゃならない。―――だから、こっちもくれてやる」
言いながら、哲理は左手をに視線を移した。
生身の左手。
それを持ち上げる。
「―――そうだな、肘から下ってとこか。ま、安いもんだろうさ。これだけあれば数年は持つ。や、この間敦彦とやり合ったからな、一年くらいでなくなりそうだけど…でも、いいや。」
「外道ものだぞ」
思わず、声が出る。
「当然、承知」
きっぱりと哲理が答える。
「お前にとっては奴等は滅すべきもんだろうけど、私には違う。味方じゃない、敵だ。 でも同じ穴のムジナだ。だから筋を通す。向こうにしてみれば、私の身体には価値がある。たとえ、腕一本でも」
「どこまで…っ」
止められないのに、止める気もないのに、つい、口調が厳しくなる。
「どこまでくれてやる気だ―――そのうち生身が無くなったら、どうするつもりだ」
「さあ?まあ、心配しなくても、その頃お前はもう生きちゃいないよ」
自嘲気味に笑った哲理の肩をつかむ。
触れて、一瞬びくりと震えたその身体を、そのまま抱きしめた。
「―――判っているのか!」
誰も喜ばないことを。お前が闇に染まっていくのを、人の身体を亡くしていくのを。人間ではなくなっていくのを。
お前が苦しむのを。
そうとも、お前は生きるのだろう。生物としてかどうかはともかく、愛した人々が居なくなってもなお、まだ存在しているのだろう。
その時に。
こうして、お前のそばに居られない気持ちを。
おまえは、判っているのか。
引き寄せて、抱きしめて。そのまま、されるがまま、哲理は動かない。
ただ、震えそうな声で、つぶやく。
「―――だから、あいつらを先に返したんだろ。」
「…哲理」
名前を呼ぶ。
名前を呼ぶ、名前を呼ぶ、名前を呼ぶ。声には出さず。気持ちも言わず。ただ。
軽く触れたまま。
―――やがて、自分から、彼女は身体を離した。
「修羅、アレ、持ってきてるよな」
目が合う。
そう、ここへ来る前に、夜地に渡されたもの。
ここは彼女の世界。彼女のなか。そこから我々は彼の地、異界と繋がっている。
ここでは彼女が法則だ。故に、持たされたという記憶があれば、それは現出する。
一振りの日本刀。
彼自身の名を銘に持つ刀。
「最初からこうするつもりだったのか」
「んにゃ。まあ、そういう展開もありかなと思っただけ。どっちかっていうと道をぶった切ってもらうつもりだったかな。美古都のは火力はあるけどノーコンだし。だけどいいんじゃないか。それは魔を切る為のもんだ。なら、使いどころはぴったりだろ」
「お前の左手は、生身だろう」
「同じだよ―――なにより、私が魔じゃないなら、その刀じゃ斬れない、、、、だろ?」
そう、これはヒトを斬ることはない。
斬れるのであれば、それは、斬られるべきものだということ―――
「やってくれ。…お前なら、お前だから―――いいんだ」
まっすぐに、目と目が合う。
ああ、正気だ。
この目は、正気だ。
目の前のご馳走に酔っているわけではなく。
紛れもなく、これは、いつもの哲理の目だ。
返事をせずに、鞘をはらう。
ほれ、と、むしろ楽しそうな顔をして、哲理は左手を差し出した。

++++++

痛み。灼熱。
悲鳴をこらえる。
血が出ている。流れている。吹き出している。
痛い痛い痛い痛い。
身体がふたつに折り曲がる。
うめき声が漏れる。
食いしばった歯が折れそう。
や、それは勿体ない。それでなくてもどんどん生身が減ってってるってのに、虫歯でもない歯を亡くすなんて、もうもったいなさ過ぎて涙出そう。いやもー出てる出てる。全部出てるよ。痛い痛い。
必死に顔を上げると、そこに修羅の顔があった。
墜ちた左手を拾って差し出す。
ああもう、そういう心配そうな顔しないでくれよ。お前はポーカーフェイスで人を見下してるってキャラなんだから、そういう設定なんだから、表情を顔に出すんじゃない。誰が見てるか判らないだろ。
…ああそうか。ここは誰もいないもんな。
いるの、私だけだもんな。
でもさ、そんな顔してたら、こっちの痛みを思い出しちゃうじゃないか。
も、いいから、それ渡せ。
向こうに、あっちの、部屋だったあの空間に居れば、楽になれる。
たぶん―――じゃなくて、間違いなく。
楽に、っていうのとは違うよな。それはそれでかなりキツいんだけど…でも、まあこの痛みとか、それとか…この目の前の顔から連想するようなことは、考えないでいられるから。
動物の本能。
捕食、排泄、セックス。
その快感。
まあそんなもの。
人には見られたくないけど―――お前だから仕方がない。
恵ちゃんには見せない。
美古都にも見せない。
やつらが知ってるのは判ってる。まあ、昔は見られてたわけだし。だけどわざわざ、嫌なものを見せつけることはないよな。
だから修羅だけ。

腕をもぎ取って。
空洞へ投げ入れる。
どういう理屈なのか、それともそんなものはないのか。
腕は異界への空洞へ引き込まれ、ゆっくりと溶解していく。
そのとき
そこから、違えようのない、確かないらえが聞こえた。
受け取った、と。
同時に、もの凄い喪失感。

OK、これでいい。
じゃあ、私は食事の時間。
左手からは、まだまだぼとぼとなんかが落ちている。
生身って、不便だよなあ。
だけど、これがあるから、まだ人間だと自分を認定してるのであって。
というわけでまあ、これからは、人間でない方の時間。

++++++

踊っているようだ、と思った。
愉悦の表情を浮かべて、哲理は天を向いている。狂いそうなほど。
できうることならば殴ってでも取り戻したい。
だが、それはできない。
自分に出来るのは、ここで待っていてやること。
見ていること。
だからこそ、自分はここに残ったのだから。

++++++

空間に入る。
「っ…」
息が漏れた。
それらが、むらがる。
むらがって、私を食らいつくす。
私も、奴等を食らう。
もう、何も感じなくなる。
いや、何もかもが感じられる。
視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚、五感のすべて―――その向こうにある、別の感覚も使って。苦痛、快楽、喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、全部、なにもかもを使って―――
奪う。
捕られる
融ける
解けていく
その、快感。
そして、再構成。
私の中に死気エネルギーは入り込み、それは生気エネルギーとなり、私の亡くした右目に右腕に左脚になり、そしてたった今、左手になる。
身体の圧倒的な快感。
魂を抉る苦痛。
そうとも、これは罪だ。
そうとも、これは本能だ。私がわたしであり、こういう存在で在る限り、この罪によって私は存在し得る。故に、私は罪だ。
だがそれでも、私は生かされている。
どういう自然のからくりか、或いは世界の赦しなのか―――ここに私は在る。

修羅の顔が見える。
そうとも、私はここに居る。

自分がなくなっていく

自分が作られる。
「…あぁっ」
自分で自分の声が聞こえる。酔っているような、調子のずれた唄。
「はうっ…ふっ」
我ながらヤバい声出してるなあ
「んっんんっ…」
呼吸は律動。身体が持ち上げられ、突き落とされる。
「は、はあっ」
ぐちゃぐちゃになった黒い気が、体中の穴という穴、それこそ毛穴の中にまで入り込んでくる。抜き差しされる。入り込んで動かされる。全部がいっぱいいっぱい。
でも、もっともっと、と、求める。
呼吸なんかできるはずもないのに、自分の喉がはッはッと音を立てている。
「あ、ああああ…」
視界が飛ぶ。
何も聞こえなくなる。
手足の感覚が消えてゆく。
感じるのは、鼓動だけ。
身体の奥のそのまた奥の、たぶん魂と言われる奥底の中にある熱い塊が、ゆっくりとせり上がってくる。
もうすぐ達けそう。 もっともっともっと。―――もう少しで…
「―――…っ…」


瞬間。
黒い闇の中に、あかい光が満ちた。




気がついたら、修羅の腕の中だった。
まだ目は開かないけど、こいつだということは判る。間違いない、この感触。
生身の人間のあたたかさ。
やっぱこっちの方がいい。
坂道を上っているみたい。どうやら上方に向かっているらしい。
「あー…」
声が出た。おお、発声器官は無事らしい。呼吸をしてみる。うん、問題なし。
ついでに手脚を動かしてみる。いつもの手順。右腕、OK。指もきっちり動く。左脚、OK。ぐるんぐるん。ついで右目だけあけてみる。おし、こっちもちゃんと再生してる。目は先に潰されてたからなあ。目がよく見えないってのはもの凄いストレスだかんな。や、もーアレは勘弁。そんでもって肝心のさっき喰わせた左手。ん、大丈夫そう…って、
「げっ、痕残ってるっ」
肘の下、斬ったあと。まるで刺青のように細い線が走っている。腕にのこされた輪っか。
「―――そのくらい我慢しろ」
そこではじめて、修羅が声を出した。
あー、怒ってるなこれは。
ばたばた暴れて、だだをこねる。
「なんだよ、お前がやったのかよ」
「さあな」
やってるやってる、こいつ、絶対なんかやってる。なんか編み込まれてる。違和感は全然無いから多分生身の方、いや、こっちとの継ぎ目かなんか。
まあ、こいつが私を裏切ることはないから、多分、なんかの守護。
「無駄だろうに」
毒づいてみる。
「お前の大好きな自己満足だ。…ああ、もういいだろう、立て」
はあ、というため息が聞こえて、立ち止まり、ゆっくりと慎重に、下ろされた。
床があるわけじゃないから、立ち位置を調整する。まともに立つと30センチ以上の差ができるから、ちょうど目と目が合うあたりに着地。
うん、歩けるし、身体も動く。
「大丈夫みたい」
「そうだな」
頷くやつの顔が、ほっとしている。…ああ、やっぱ、言っとかないと。
「ごめん、心配かけた」
「―――なにを今更。」
不快気に眉をひそめる。
「ん、でもおかげで無事だし。出口まで運んでくれようとしたみたいだし。」
はあ、とため息をつかれる。いやね、そうされると、なんか申し訳ない気持ちになるんですけど。
「もう少し、うまくやれ」
「まあ出来れば。」
言ってから、笑って、ぎゅ、と修羅を抱きしめる。
「感謝してるよ」
「馬鹿者が」
間髪いれずに罵られる。うーん、ありがとうの返事が罵倒って、なんか変だぞ、それ。
ま、いっけど。
それに、そろそろホントに戻らないと。
多分、修羅は迷った筈。ここは私の中の空間。私を通してしか外界と接することは出来ない。美古都たちには導き手がいたし、蜘蛛の糸を付けといたから、ちゃんと出られたけど、やつらが出て行ったらまた閉じた。だってお食事タイムですよ?邪魔されるのは真っ平御免です。
その割に、出口に近づいているようなのは、流石というかなんというか。
「すごいなあお前、もしかしたら私が居なくても脱出できたんじゃないの」
「当たり前だ」
にべもない。
でも、それでいい。あんな顔されてるよりよっぽど。
「ちぇー嫌なヤツ。…まあいいけど。じゃ、扉でも作りますか」
笑って、そこに『出口』を出現させる。
「んじゃ、帰ろ」
「ああ」

そうして、日常に戻る。人間の生活―――ヒトの営み。退屈で平和でのんびりとした、日々の喜びのくりかえしに。
決着はついた。
だから、最後に大団円といこう。



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