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URA LD

―― KEI ――


 厄介事を好きだという人はいない。巻き込まれれば苦労するのは目に見えているからだ。
そしてそれは厄介事を片づけることを仕事にしている人間でも同じことだ。 たとえ、いつも、知らない間に好まざることに関わっているという体質であったとしても、決して好んで自分から 巻き込まれにはいかない…筈である。勿論、例外は存在する。自分のプライドを崩され、さらに 他人の不幸を目の当たりにして、それをほおっておく人間も少ない筈なので、結局天秤にかけた挙げ句、 自分からそれを片づけにいくことになる。
自分はそういう星回りにいるのかもしれない、と、恵はひとり、ため息をついた。
 美古都を家まで送って、事務所に戻ってきたのである。
哲理のことはとうに諦めている――諦めて、というと言葉が悪いのだが、彼女は存在そのものが トラブルの種だ。だからと言って捨てるわけにはいかない。もう随分と前から、彼女は恵にとって かけがえのない友人のひとりであり、人生の一部でもあった。彼女なしに、恵の青春は語れないほど 迷惑もかけられたものだ。そして、それは未だに続いている。おそらくは、一生――
だが、それをどうこうしようとは思わない。彼女に対する責任は、自分がすすんで引き受けたものだ。 自分の仕事――厄介事の片付け――と同じ、自分が選んだ道である。今更投げ出すわけにはいかない。 それでも、自分の公的な仕事とそれが重なれば、多少憂鬱になるのは仕方がないものだと思う。まして、 おそらくはその事で、上司に喚びだしをくらえば、これでため息をつくな、と言う方が酷だ。
 事務所の机に戻ってすぐ、直の上司の「ひとり」が恵の側へ来て、不信感を込めた声で聞いてきた。
「何処へ行っていたのだね?」
「知り合いがちょっと相談事があるというので。事件になる様なら、表玄関を紹介するつもりでしたが、 たいした事じゃありませんでしたよ」
「掃除屋の連中と話していたようだが…」
この上司は決して有能とは言えない人物である。事務所の中ですべき会話ではないだろうに、と思いながら、 恵は平静を装った。
「さあ…?私は知りませんが」
上司がむっとした顔で恵を見た。…すぐに顔に出るのも良くないな、と思う。調査員にはなれないタイプだ。 だが、彼は調査の為にこの部屋に居るわけではない。行政から派遣された、いわば「お飾り」だ。
「ま、いい。――それよりも、キミを喚ぶように課長から言われている。急ぎの書類が無いのなら、行きなさい」
「まだいらっしゃるんですか?」
夜の八時過ぎである。
「自分のお部屋にいらっしゃるようだ」
「わかりました」
ため息はつかない。いやそうにもしない。ただ淡々と答えると、恵は立ち上がった。いちおう聞いてみる。
「後で報告に伺った方がよろしいですか?」
「結構だ。私は帰る。」
彼の中ではとっくに帰宅時間は過ぎているのだ。――17時を回った時点で。

恵の勤め先には上司がふたり存在する。ひとりは行政機関から派遣されている嫌味な男で、現場の ことは一切判らない。わざわざそういう人間が選出されているらしい。どうやら、同じサイキック同士だと、 秘密を共有するようになると思われているふしがある。そしてもう一人は、「評議会」の人間だ。 元々この事務所は行政機関の所有であり、命令系統もそこに属する筈なのだが、そこはそこ、餅は餅屋である。 設立当初から『評議会』のお世話になっているせいで、未だに半分は『評議会』のメンバーだし、 事件の詳細もすべて『評議会』へと報告される。こんな曖昧な状態がいつまで続くか判らないが、 事務所や『第零課』から『評議会』勢力を一掃するのは不可能に近いので、面倒事が嫌いな上層部がそのままにしているのだと思われる。 ――思われるとしか言えないのが哀しいところだが。
 課長と呼ばれるのはその『評議会』から来た人物だ。直の上司も課長には違いないのだが、誰もそう呼ばない。 この事務所で「課長」と言えば『評議会』側の課長を意味する。上司に比べれば公明正大な人物で、 自身、かなりのサイキックであるらしい。見た感じも良いし、発散されているオーラも柔らかく、 人当たりの良い人物だ。――が、実際のところはどうだか判ったものではない。恵は一度、彼のとてつもなく冷たい眼を見た事があるし、 そうでなくては、違う組織の中へ送り込まれる人物として、適当ではないと思う。だから 「課長」の事はそれなりに尊敬はしているが、心を許すことはない。自分が抱え込んでいる厄介事がある時は特に、だ。
気が重かった。事務所の奥にある、彼のオフィスへ向かう足取りは、さらに重い。
(聴かれるだろうな…)
『評議会』は馬鹿ではない。課長も馬鹿ではない。
おそらくは今日何が起こったのか、――それを把握している筈である。
哲理を現場へ向かわせなかったのは正解だが、美古都もまでも関わっている以上、しらを切るわけにはいかない。
トモの様子も気になる。
取り敢えず今日は素直に状況を報告する以外あるまい。後は院家の方から根回しを頼むか、聖野に言い含めてもらうか。
どちらにせよ、このまま哲理がじっとしている筈はあるまい。その前に喚びだしがかかったのは、むしろ良かったかもしれない。
後から責められるよりはマシというものだ。
コン、コン
ドアをノックする。中から「どうぞ」という柔らかな返事が返ってくる。
「失礼します。――お呼びだそうで」
言いながら、恵はドアをあけた。

「わたしが言いたいことは判っていますね」
柔らかな口調で、微笑みさえ浮かべ、課長は切り出した。デスクに座り、手を組み合わせている。
まるで祈りのポーズを取っているようだな、と、頭の片隅でちら、と思った。
「はい」
素直に肯く。
「貴女はわかりが早くて良い。――ご老人方が貴女に直接質問されたいそうです。映像と音声は繋がっていますよ。どうされますか?」
「これは審問ということでしょうか」
「そう堅苦しく考えなくても良いでしょう。」
微笑みを絶やさずに、課長が言った。
「私に拒否する権利は無いように思えますが」
あくまで丁重に――だが多少の嫌味を込めて。
「確かにね。貴女には報告の義務があります。…いずれそうされるつもりだったのでしょうが…。 ご老人がたは心配性なのですよ。老い先短い方々ばかりでね。」
「かまいません。…課長は同席されるのですか?」
「遠慮しましょう」
ゆっくりと息を吸い込んで、また微笑んだ。
「わたしもご老人がたは苦手です。…貴女と同じようにね。報告はすべてが終わった後で結構です。」
つまりはこちらにも、ちゃんと報告しろという事だ。
「承知しました」
短く恵がそう言うと、課長が頷き、同時に部屋の電源が落ちた。

あたりが一瞬、暗闇につつまれる。
 誰でもが心理的に追いつめられる状況だよ、と思う。暗闇。質問。相手は複数。そしてこちらは一人きりだ。 彼らは怖れているのかもしれないと思う。この事態、この世界、そして恵のような若いサイキック。
その向こうには、さらに哲理という、不安分子。
正面みっつのに小さな灯りがともる。その灯りが少しずつ大きくなり、やがて座っている老人の上半身が浮かび上がってきた。
この国に於ける『評議会』の最高議会のメンバーの一部だ。
やがて、その顔のひとつが口を開いた。
『ひさしぶりだな、杜守くん――元気だったかね?』
「おかげさまで。…今日はお呼び出しだそうですね」
冷ややかに言う。嫌味に聞こえればそれでいい。
『無礼な態度はやめたまえ!君は報告を怠っているのだぞ!』
『まあ、そう責めるのは良くない』
『そうだ、まずは彼女の報告を聴こう。いいかね?杜守くん』
これも義務なのだ――厄介事を引き受けると、自ら選択した時からの。
彼女のかけがえのない友人を守るため、そして、その友人から、この人々を守るために。
誰も、好きで厄介事を引き受けはしない。――が、もしも、そこに自分のプライドがあるのなら、
そして、大切なものがあるのなら…
   ――やるしかねえじゃん。
そして、恵は口を開き始めた。


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