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LUNATIC DOLL・43

Easy-Going


 利幸たち三人が院家の別邸へ戻った時には、もう日も傾き始めていた。
屋敷の門から駐車スペースへ、広大な敷地をゆっくりと進んでいく車の中で、何故か利幸はほっとしていた。
ひとつには助手席という場所から逃れられるという思いからかもしれない。数時間に及ぶドライブの間、 彼とは殆ど話す事もなく、車内は沈黙が支配していた。最初は色々尋ねたい事もあり、話しかけもしたのだが、 一見優しそうなこの男は、何を聞いても「私の一存ではお答えできません」と丁寧な、 だが拒絶の言葉を返すだけだったからだ。はっきり言えば、気詰まりだった。
美古都は後部座席でずっと眠ったままだ。自分も寝てみようとは思ったものの、先ほどの大騒動の直前まで寝ていたし、 何より興奮が抜けきらなかった。いったい何がどうなっているのか、それを頭の中で整理しようとしても、 見えないピースが多すぎてまとまらない。誰かに説明して欲しかった。おそらく、これから行く場所で、 どういう事なのかが判るのだろう。…そして、やっとその場所へたどり着いたのだ。
車は何の衝撃もなく静かに止まり、少し時間をおいてから、夜地はエンジンを切った。
「うーん…」
 眠そうな声に後ろを振り向くと、しかめ面の美古都が首をふってうなっていた。 まるで到着を待っていたかの様なタイミングだ。
「…着いたの?」
「はい」
夜地の優しげな声が応える。その声音が自分への丁寧だが慇懃なものと違うのに気がつき、利幸はちょっとムッとした。
こっちは当事者なのである。
「――ううっ。あたし、お風呂入りたい。でなきゃシャワーでもいいわ。とにかく体洗って、寝るッ」
今まで寝ていたじゃないですか、という言葉を飲み込んで、利幸はため息をついた。すぐに説明があるというわけにもいかないようだ…。
「用意は出来ている筈です。大地には伝えていますから」
電話のひとつももしてないじゃないか、と言いそうになったが、その言葉も飲み込む。
「あう。そっか、あんたが居るって事はおにーちゃんも居るのよね。…ゴメン、夜地には悪いけど、あたし、あっちには会いたくないわあ。 とにかくお風呂、そんでお布団、話はそれからにしよ、ね」
 欠伸をかみ殺しながらそう言うと、ふと、美古都の目が利幸のそれと合った。
 妙にドギマギする。
だが、美古都は何でもないように「ゴメンゴメン、とにかく、落ち着いてからね、ね、トシも寝なよ、ね」と言うと、 車のドアを開け、外に出て大きく深呼吸を始めた。困ったように運転席を見ると、この男の方も車から出ようとしている。 利幸は慌てて外へ出た。
黄昏時、駐車スペースから見える院家の庭が、夕陽を受けて美しく輝いている。そこで初めて、利幸はこの邸宅がどれほど広いか、 どれだけ金のかかった場所なのかに気がついた。
(何者なんだろう…)
 美古都の知り合いである事は確かだ。哲理の知り合いでもあると聞いた。二人がそれほど大金持ちだとは聞いていないから(むしろ たかられる事が多いし、哲理などはしょっちゅう金がないとこぼしていた…)親戚というわけでもないだろう。 それに、運転席の男――夜地、と美古都が呼んでいた――の、美古都に対する態度は、まるでどこかのドラマか時代劇の様にうやうやしい。 そしてそれが妙に似合っていた。下僕、というほどでもないが、命令されるのに慣れている様子だ。だからと言って、卑屈な感じは微塵もない。
二人の態度といい、自分の実家での出来事といい、そしてこの広大な邸宅といい、まるで、おとぎ話の中に迷い込んだようだった。いや、おとぎ話にしては酸鼻だ。 どちらかというと三流SFかもしれない。どっちにせよ、自分が体験するとは思ってもみなかった、非日常的な出来事の連続だった。
「おかえり」
 声に思考を中断されてそちらを見ると、葛城哲理が立っていた。その様子が、先日会った時と微妙に違う事に気がつく。どこがどう、というわけではないのだが、何か違和感がある。 それを察したのか、哲理は苦笑して「ちょっと具合が悪いんだ、気にしないでくれ」と言った。
美古都がぴょこん、と哲理の前に立つ。じっとその顔を見てから、ふっと笑った。
「あんたも、無事還ってきたみたいね」
「まあね」
「立ち直りの早い奴!」
「仕方ないだろ、性分だから」
哲理は明るく笑うと、ふと、目を細めて言う。
「そっちも…大きくやらかしたみたいだな」
「ああ…」一瞬言いよどんでから、それから開き直ったように「突発性の出来事でしたので、良く覚えておりません」とすまして言い、
利幸の方をちらっと見て、「トシが頑張ってくれたわ」と笑った。
「とにかく、お風呂入ってちょっと休みたいんだ、あたし。…かなり消耗しちゃったし、車じゃまとに回復出来なかったしね」
「うん、大地がね、おまえ達がそろそろ着く頃だと言って用意させてた。」 哲理はそう応えると、利幸に向かって手招きをする。
「…トシ、ここは私の知り合いの家だ。 遠慮はしなくていいから、あんたもゆっくりしなさい。…話を聞きたいだろうが、まずは体を休めて。興奮して寝てないって聞いたよ」
「なんで――」
寝てないって知ってるんですか?と言おうとしたが、それも言葉にならなかった。何か言おうとすると、質問が止まらない様な気がしたのだ。 ここはどこなのか?自分はいったい何に巻き込まれたのか?あの父親のふりをしていたのは?実家に居たのは何か?そして――そして、 トモは無事なのか?
 そう言い出したい自分の顔を見て取ったのか、哲理は首を振った。
「まだ、だめだ」
落胆と焦燥の思いが広がる。
「自分で自覚は無いかもしれないけど、あんたは疲れてる。今説明したって混乱するだけだ。とにかく休みなさい。起きたら大仕事が待ってる。 約束する。説明出来ることは、ちゃんと説明するよ。」
 じっと哲理の目を見た。妙に説得力のある瞳だった。…というより、何故か、言うことをきかなければならない気がした。 彼女に従いたい、という欲求さえ感じた。そして違和感。
「――はい…」
知らずに言葉が出ていた。慌てて、その後に「約束してくれますか?」と続ける。
哲理が頷く。そのそばで、美古都がため息をついている。
仕方がないのだ、という事が判った。…少なくとも、いったん休めばすべて教えてくれるだろう。
この、わけの判らない事を、説明してくれるだろう。トモに会わせてくれるだろう。いや、してくれる筈だ。 そうでなければ、今まで自分が生きてきた事さえ嘘になりそうだった。トモとの甘い生活も、彼女の変貌も、 妊娠…子供。決心、そして、父との決別――。
「判りました。…休みます」
そう言って利幸は頭を下げた――下げたのは判った。だが、次の瞬間、自分の意識が朦朧としていくのを感じた。 体が宙に浮く感じがして、目を無理矢理開けると、景色が裏返っていた。
「トシっ」
美古都の声。誰かの腕。そして、黄昏色の空。
ブラックアウト。
――利幸は、気を失った。



「…暗示?」
「まあね。…効き過ぎたのかな、マズったな。どーもコントロールが出来てないや」
「へたくそ!」
美古都が意地悪く言い放つ。哲理はため息をつき、利幸をのぞき込んだ。
利幸が頷いた途端、その体のバランスが失われたのだ。とっさに夜地が支えなければ、そのまま地面に倒れ込んでいただろう。
「車の中で一睡もされていませんでしたからね。…混乱されていたでしょうに。たいした方です」
「単に鈍いんじゃないの」
つまらなそうに美古都が言う。
「フツーはとっくに気絶してるわよ?なのに車の中でもずっと起きてたんでしょ?」
「興奮して眠れないっつう事もあるってのは、おまえは知らんのかね?」
美古都はふん、と横を向いた。――まったく、回復した途端にこれなんだから、と言いたげな顔に、思わず哲理は笑ってしまう。
「だって知らないもん。あたし、疲れてたんだもん」
「…爆発娘だからなあ。だからいつも言ってるだろ?ちゃんと…」
「しゃーらーっぷ!暗示のコントロールひとつ出来ない様な御方に、特殊能力の使い方について教えていただく気はございませんわっ」
うっ、と言葉に詰まって哲理はまたため息をつく。…この展開になると、また堂々巡りなのは判っているのである。 かと言ってここで、美古都相手に引き下がるのも癪である。と、そこへ助け船が出た。
「哲理さまの暗示は多少強かったでしょうが、良かったかもしれません。…何を聞かれても答えられない状態というのは、 私も結構辛いものでしたよ」
苦笑しながら夜地が言う。だからどう、というわけではないのだが、おかげで話がまとまった。
「まあ、いいわ。とにかく、お風呂、お布団、ご飯。そういう時間はあるわよね?」
「はい。いつもの間に美古都様のご用意はできております。」
「わかった。じゃ、あたしは先に行くわ。哲理、今回のお説教はナシね。夜地、…トシの事、頼んだわよ」
そう告げると、美古都はかけるように去っていく。
ふう、とため息をついて、哲理はぼんやりと「心配してるだけなんだがな…」とつぶやいた。
「それが邪魔くさいのは判ってるんだが…ほっとくわけにもいかないし」
「そっくりそのまま、あなた様へお返ししますよ」
と、夜地が言う。はっとして、哲理は夜地を見上げ、小さく言った。
「――ごめん」
「判ってくださっていると思っております。」
「夜地」
「はい?」
利幸を抱えたまま、夜地が柔らかく微笑んでいる。
「お前が邪魔なわけじゃないんだ。…感謝してる、ただ…」
哲理は言いよどんだ。夜地と直接話すのは苦手だった。まだ兄の大地の方がましだ。彼は哲理を否定しているから。 否定されても、自分は自分であるという事は、自分自身を支える鍵だから。だが、夜地は違う。
彼は哲理に縛られている。見張って、そして護っている。それは修羅の命でもあるが、哲理が彼を選んでしまったからでもある。
美古都と哲理はいい。友人だ。互いにそれを選んで今の関係が築かれた。それを納得している。だが、彼は違う。
少なくとも、最初はそうではなかった。
「…いつも、すまない」
「いえ」
「おまけに今日は美古都の世話までさせたな」
「若のご命令でしたから」
そうでなくても、ホントは美古都の面倒を見てもらいたいんだが、と密かに哲理は思った。
それに、まだ、「今の哲理」のそばには、居て欲しくはない。少なくとも、その方が、夜地の為にはいい。
「ホントは…まだ、お前は私のそばに居ない方がいいんだ。だから修羅は…」
「哲理様」
きっぱりと、夜地は言った。
「あの時から、私はあなたのものです。若はそれをご存じです。もう、その事で迷われるのはおやめなさい。 何の解決にもなりません。皆、判っています。迷っておられるのは、あなただけです。」
「判ってる――」
判っている。すでにそれは起こった事だ。そしてそれはこれからもずっと続いていく事だ。
「判ってるよ。だから戻ってきたんだ…」
ならば、過去を思い悩むより、未来を生きなければ。
哲理は頭を降ると、大きく深呼吸をして、また夜地を見た。
「でも、本当に気を付けて。私はまだ、しばらく『このまま』でいなくちゃならない。――今回の件を終わらせる為には、 『道』が必要だから。…利幸も、友美も、ちゃんと未来に生きられるように。」
「あちらへ行かれるのですね」
「うん、修羅と話して――それが一番良い方法だって事になった。利幸が回復し次第、行く。」
「若もご一緒に?」
「たぶんね。だからお前は留守番だ。」
そういうと、そのままじっと夜地を見る。
「…大丈夫だ、今度は――修羅も一緒だし、それに」
ちょっと笑って「逆境の方が、私は得意なんだ」
「存じていますよ」
夜地もまた、笑った。
「さ、お前も疲れただろ。長いドライブだったみたいだし。…とにかく、トシを運んで、休んでくれ。 大丈夫。ここは院家の結解の中だもの。私自身が望まない限り――誰も、何も、私を侵せやしないんだ。」

TO BE CONTINUED…


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