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LUNATIC DOLL・41

Blue Revolution 4


香月病院の敷地は広いが、出入り口は限られている。
特に表の病院以外の敷地には入れないように、塀が巡らされており、 そしてさらに、「結界」が張り巡らされていた。これで少なくとも、関係者以外は入って来れない。 いや、入っていこうという気にならないのだ。それが「結界」たる所以である。その、 数少ない出入り口から美古都が入っていって、二時間が経とうとしていた。
遅い。
おそらくは、利幸に会うことは出来ただろう。だが、あの旧館がどうなっているのか、想像がつかない。
美古都のことだ。滅多な事では死なないだろうが、死ぬよりももっと悪い事も起こりえる。
夜地はこの結界に入っていくことは出来なかった。いや、やろうと思えば出来るだろうが、それには、 多大なリスクがつきまとう。元々闇黒期の頃から、哲理のそばに居た夜地には、魔に対する耐性と一緒に、 魔に溶けやすいという面がある。相手の意志の方が強い場合、夜地の身体は格好の媒体として、利用されてしまうのだ。 そうなってしまえば、自分は死ねばいいだけの事だが、院家にも、主である修羅、兄の大地、 また哲理にも、大きな衝撃があるだろう。そして今のところ、自分は死ぬことを許されていないのだ。
  美古都を見殺しには出来なかった。あまりに長い間、あんな空間に居れば、普通の人間は精神的に窒息してしまう。 美古都ならばかなりの時間、耐えることは出来るだろうが、それでも、そのままでいるわけにはいかない。
裏門の前に車を止め、美古都を待つ体勢はとっくに出来上がっている。
このまま、待ち続けるか、それとも、無理をして中に入ってみるか――
夜地がそう思い始めた時、
突然、旧館から爆音と、火柱が立ちのぼった。




はっとして我にかえると、まわりは火の海だった。
(やっちゃった――)
後悔の念に、美古都はため息をついた。
彼女の力の最たるものは、発火能力である。マッチの火を付けるなどという、優しいものではない。 一旦発動してしまうと、木造二階建てなどたやすく燃え上がってしまう。
足下に動いている影を見つけ、それが利幸だと判ると、美古都はしゃがんで抱き起こした。
「トシ、しっかりして、だいじょぶ?」
自ら火を放っておいて大丈夫もクソもないとは思うが、このままほおってはおけない。彼を連れ帰る為にここに来たのである。
利幸は気を失ってあちこち傷があったが、それほど深手も火傷も見えなかった。美古都の炎は滅多に人を傷つけない。 どういう理論でそうなのかは判らないが、彼女が発する火で一番に焼かれるのは「魔」に属するものなのだ。 それでも、何かに燃え移ってしまえばそれは普通の火と同じだし、触れれば熱く、火傷もする。彼女自身も、自分の火で何度も火傷しているのだ。
第一、このまま此処にいれば、煙に巻かれて死んでしまいかねない。…とにかく、外に出なければならない。
「トシ、トシ!」
何度か揺さぶると、利幸はうーんと唸って目をあけた。きょろきょろと周りを見回し、美古都と目があった途端、あっっと叫んで起きあがる。
「先輩、大丈夫ですか?あいつは…――わっ、この火はなんです!なんで燃えてるんですか?」
「なんで燃えてるかは…まあ、いいから、とにかく、この隙に此処を出ましょ」
「そりゃ…いいですけど、あの男は、父は、そうだ、それにトモは――」
「一度に全部は話せないでしょ。…奴は…」そう言ってから美古都は慌てて辺りを見回した。当然、 敦彦の姿は何処にもない。彼ほどの者が簡単に焼かれるわけもなく――どこかに消え失せたのに違いなかった。
「奴はいないみたい。…私も一瞬。気を失ってたから…ね、いいから、早く出よう。でないと、焼けちゃうよ、あたし達」
「そ…そうですよね」
実際、映画やテレビで見る火の海とたいして変わらない風景なのに、それほど熱くもなく、まだ煙も回っていないのを不審がる様子もない。 これまで続いたショックの連続で、麻痺しているのだろうと思われた。それに、その方が、美古都には都合がいい。
「立てる?」
「大丈夫です。…そうか、ここは『うち』なんだっけ。…ええと、どっから出たらいいかな」
言いながら立ち上がると、利幸は扉の方へ向かった。扉はまだ燃えてはいなかったが、触るには熱そうだ。 どこまでが普通の火なのか、見ただけでは区別はつかない。二人は相談して、まだ燃えていないソファを動かし、扉へぶつけてみる。 ガツン、という音がして、扉はいとも簡単に壊れたが、その向こうにはさらに大きな炎が燃え上がっていた。
「うわっ」
(そうか――あのゾンビ…)
本来なら、中心部である美古都のまわりが一番燃えている筈だ。だが、この部屋の外には、亡者たちがひしめいていた。 彼らは、一番に焼かれてしまい、それによって火勢が大きくなったのだろう。
「こっちは駄目みたいですね。…えっと、窓は…」
感覚が麻痺してしまっているのか、利幸はあっさりと扉から離れ、窓に寄って外を見た。
「あれ…変だな。ここ、俺の部屋の位置と一緒だ…」
「二階なの?」
「そうです。二階の端です。…でも、非常階段は反対側だし…飛び降りるしかないですね」
利幸は冷静に言うと、心配そうに美古都を見た。
「先輩、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫なわけないじゃない。でも、仕方ないでしょっ」
妙に冷静な利幸に、何か焦りを感じてしまう。本来なら自分がリードしなければならないのだが、 なんだか気が抜けてしまっているのだ。理由は判っていた。敦彦が居なくなったからだ。それだけで、 気力を使い果たした様になっている自分が情けない。
「そうですよね。…どうします?先におりますか?」
「おりるって…飛び降りるのよね」
「大丈夫です。ここ二階ですし、死ぬような事はないですよ」
「頭から落ちたら、どうすんのよっ」
「大丈夫ですって。それより、ずっと此処にいたら、煙にまかれちゃいますよ」
なるほど。美古都は火に焼かれて死ぬことはないだろう。少なくとも今は。だが、煙にまかれれば、 或いは窒息死もあり得る。
「わ、わわわ判った…。降りる」
口を尖らせて窓へ行き、下を見た途端、美古都はぱっと振り返った。
「――やっぱ、あんた、先に行きなさい」
「大丈夫だって言ってるのに…早くしないと、危ないですよ」
「だいたい、あんたなんでそんなに冷静なのよ!」
「――さあ…」
利幸は苦笑する。
「なんだかもう、なんでもどうでも良くなっちゃって。これだけびっくりする事が続いたら、開き直ってるんじゃないですかね」
「――…」
呆れてから、こいつ、意外と化けるかもしんない、と美古都は思った。いや、こっちが本来の利幸の姿なのかもしれない。 頼もしいというには程遠いが、どこか、抜けていて、人を安心させる様な魅力がある。案外、トモもそういうところに惚れたのかもしれない。
「じゃ、僕が先に行きますよ。良いですか?」
あっさりとそう言うと、利幸は窓に足をかけ、飛び降りた。あっと言う間だった。
下を見てみると、うまく受け身をしたのか、こっちを向いて手を振っている。
仕方がないな、と美古都は思った。せめてスカートをはいてこなかったのは救いというものだ。
足を折るか腰を折るか…とにかく、門から外に出てしまえば、夜地が待っている筈だ。ここでじっとしていても仕方がない。 諦めて、窓に手をかけた時――
「美古都さま!」
後ろからぐいっと引っ張られ、そのまま、美古都の視線が一回転し…――気がつくと、地面に立っていた。 身体を、覚えのあるの腕がしっかりと掴む。
「夜地?」
「はい」
微笑んだ顔に、安堵する。
「どうやって入ってきたの?」
「――美古都さまの火柱が立ちましたので。」
「じゃ…」
「はい」
結界は吹き飛んでしまったのだ。そう思ってからはっとした。――ならば、新館…病院の方は…
「大丈夫です。この旧館は焼け落ちてしまうでしょうが…ここから外には燃え拡がりません。 瘴気の染みついた建物を壊してしまえば、自然に火は消えるでしょう。…勿論、その前に、消防車がやってくるとは思いますが。」
考えを読んだ様に、夜地が応える。美古都はそう、とだけ言うと、ふっと息をついた。途端、力が抜け、ふらふらと 夜地の胸に沈み込んでしまう。
「先輩!」
いつのまにそこに居たのか、利幸の顔がのぞき込む。…だが、美古都はもう、意識が朦朧としていた。夜地という、 任せても大丈夫な存在があらわれた今、緊張は一気に溶けていく。敦彦と対峙したこと、発火能力を使ったことで、 美古都の気力は限界を超えていたと言っていい。
「ご心配なく。ゆっくりお休みください」
夜地の微笑みが見える。利幸の心配そうな顔も。だが、美古都は返事をしようとして、そのまま意識を失った。
遠くから、消防車のものらしいサイレンが聞こえていた。




「先輩?」
起こそうとする利幸を遮り、夜地は美古都を抱き上げると、そのまま裏門を抜け、車へ戻った。後部座席に美古都を寝かせると、運転席にまわる。 ぼんやりと見ている利幸を助手席に座るように促し、エンジンをかける。
「あの…すみません、その――」
言いながら、利幸は助手席に乗り込んだ。静かに車が動き出す。
「私は何も言うことは出来ません。戻ってから、美古都さまなり、私の主なりにお聞きください。」
「あるじって…」
「美古都さまのお友達――葛城哲理さまにゆかりの方です」
「ああ、葛城さんの」
哲理の交友関係の広さは仲間内でも有名だ。なんとなく、何が起こっても「哲理の」と聞くと「ああ」と思われているふしがある。 実際はそうでもないのだが、ハッタリを効かすのが得意なせいで、そう思われているのである。
「あの、お願いできればですが…ちょっとだけ戻って、病院に回ってもらえませんか?」
「…」
しばらくの沈黙のうち、夜地の目が利幸の目と合った。…なにかを探るような目だった。そして、その目が伏せられる。
「残念ですが…」
「父が心配なんです。」
懸命に、利幸は言った。
「今燃えているのは、僕が生まれ育ったうちです。…それが燃えてしまうのは、まだ実感が湧かないにしても、いいんです。後からゆっくり考えます。全部。だけど」
口唇を噛みしめる。
「新館の方には、僕の実の父がいます。いえ、居る筈なんです。さっき…父の姿をしたものが居て…それがどういう意味なのかは判らないんですが… もう父を使えないと言っていました。父が無事なら良いんです。それだけが判れば…」
「お父上は、無事ですよ」
夜地の目が、とても優しくなっていた。
「さきほど、旧館へ行かれようとしていましたが――まわりの方が押しとどめておられました。貴方がまだ、あそこに居ると思っておられるようですね。」
「それじゃ…」
「いいえ、今、お父上に会わせることは出来ません。――この敷地から、一刻も早く去ることです。…お父上が心配なのでしたら、電話をかけられると良いでしょう。」
言ってから、夜地は携帯電話を取り出した。
「リダイヤルすれば、病院の方にかかるようにしています。…どうぞ」
うなずいて、利幸は電話を手に取った。
父に電話をかけることなど、ここ数年、一度もなかった。…父と話しをすることさえ畏れ、会わないようにしていた。だが…今なら、 父と対等に話せるような気がしていた。いや、今だけではない、これからは。
震える指でリダイヤルし、父の秘書が出ると、自らを名乗って父を呼びだしてもらう。相手方が息を呑み、電話の向こうで慌てて父を呼ぶのが判った。
「もしもし?お父さん?」
「利幸か?!無事なのか?お前、今、どこにいる!」
嗚呼――
父の声だった。あの、偽物と同じ、だが、紛れもない本物の父の声。
「僕は大丈夫です。そちらは?」
「被害はない。旧館が焼けているだけだ。もう消防車も来る。…お前、どうやってあそこから出たんだ…」
「それは…今はお父さんが無事ならそれで…あ、他に誰も怪我してないですよね?」
「ああ、あっちは誰も入れんようにしているからな。それより、何処にいる。此処に戻ってきなさい」
「今度、ゆっくりお話しします。」
利幸はそう言った。何故か、気負いも緊張もなかった。なめらかに、言葉が口をついて出た。
「その時、いろいろお話したいこともあります。でも、今は…ちょっと、時間をください」
「駄目だ、利幸。とにかく帰ってきなさい。私の言うことが聴けないのか、利幸…」
言い続けようとする父の声を耳にしながら、利幸は携帯電話を切った。今はまだ、父と話す事はできない。 トモがどうなっているのか、彼女の無事を確認し、そして、あらためて父と話し合う。その時まで。
そのまま、携帯を夜地に返す。
「では、よろしいですね。」
利幸はゆっくり頷き、夜地の目を見た。
「よろしくお願いします。」

TO BE CONTINUED…


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