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LUNATIC DOLL・39

Blue Revolution 2


それは亡者だった。利幸がどう見ても、どう考えても、生きている人間ではなかった。
一体一体ごとに様子は違っている。あり得ない方向へ折れ曲がった首、焼けただれた顔、飛び出した眼球、もぎ取られた肩――不自然なその姿のまま無表情に、白衣の群が、利幸に向かって突進してくる。
「うわああっわあっああああっ」
利幸は叫んで逃げ出した――つもりだった。だが、その脚はがくがくと震えている上に、床にぴったりと張り付いて離れず、彼は無様な格好で尻餅をついてしまった。 腰が抜けてしまったのか、立ち上がろうとしない。出来ないのだ。顔は恐怖で歪んだまま、利幸は叫び続ける。叫ぶことでしか正気を保てなくなってしまったかのようだった。
白衣の亡者達はゆっくりと動く。一歩一歩、彼に向かって近づいてくる。
彼は脚をもつれさせながら、階段の手すりに手をかけすがった。逃げなくてはならない。このままではどうしようもない。 立てなかった。泣き叫びながら、殆ど這う様にして彼は階段をのぼった。亡者たちがゆっくりとそれを追う。利幸は振り向かない。振り向いてはいけないと言い聞かせる様に、必死で上を向いて昇った。 踊り場には先ほどの看護婦の姿は無かったが、彼の目にはそれも映ってはいなかった。ただ、ただ、必死で階段を這っていく。
亡者たちの目には、利幸の姿しか映っていないようだった。そもそも目がみえているのかどうか…。だが、群れは階段を覆い尽くした。そのまま、ゆっくり、ゆっくりと階段を昇っていく。 一体の亡者がつまずき転ぶと、後ろから昇ってきた亡者がその身体を踏んで上がってゆく。踏まれた身体は潰れて嫌な音をたてた。だが、それを気にする様子はなかった。ただひたすら、利幸を目指す。 それはおそろしく不気味な光景だった。
利幸にとっては長い時間をかけて、ようやく階段を這い上ると、彼はやっと立ち上がった。部屋に戻るか。それとも別の階段を抜けてこの家を出るのか。
迷っている時間は殆ど無かった。一刻も早くこの場所から逃げ出したい。だが、ここは二階だ。自分の部屋は突き当たり。階段は二階の廊下の、反対側の端――そこまで約20メートル…
――と、ふいに利幸の腕を、誰かが掴んだ。
「わああっ」
彼は今日何度目かの情けない声をあげ、その手を振り払おうとして――そして、目を丸くした。
「み、美古都さん?!」
そこには、にっこりと笑っている、斎 美古都の姿があった。




「ど、どうして…なんでこんな…」
「まあ、話すと長くなるから、落ち着いてからね」
そう応えると、美古都はざっと下の方を眺め、そして、亡者達の様子に顔をしかめた。
動きの遅い亡者の群は、やっと階段の中腹にさしかかったところだ。だが、昇ってくるのは時間の問題である。 久闊を叙している暇など無いことは、お互い判っていた。
美古都は利幸の手を引き寄せ、安心させる様に、その肩をぽん、と叩く。
「向こうの階段から下りるよ。歩ける?」
「なんとか…」
情けない声で利幸が応える。
「じゃ、行くよ。私の手を放さないで」
「美古都さん…」
「大丈夫。私に触れていれば、トシはちゃんと歩ける」
きっぱりと美古都は言った。その言葉に安心したかの様に利幸はうなずき、そして、二人は走り出した。 僅か20メートル余り。だが、それは途方もなく遠い距離に思えた。すべてがスローモーションの様に動く。 走っている感覚は確かにあるのだが、とんでもなくのろのろと動いている気がした。 空気が二人の行く手を妨げているのだ。だが、20メートルは20メートルだ。二人は階段に辿り着き、一気にそこを駆け下りた。降りた処には、玄関口がある筈――だった。
だが。
一階に下りた筈の二人の前にあったのは、先ほど利幸が無理矢理昇ってきた筈の階段だったのだ。慌てて周りを見回し、利幸はそこに自分の部屋を見つけた。
「な、なんでっ」
無表情の白衣の亡者が、眼前に迫ってくる。利幸がまた悲鳴をあげた。
「ちっ」
美古都が舌打ちして、利幸の手を引く。引き返しだ。同じように廊下を走り、一階へ続く筈の階段を駆け下りる。だが、途中で二人は階段を上っていることに気がついた。
その先に亡者が待っている。
無表情なそれらの顔が、なんとなく嗤っている様に見えた。
(やられた…――出口は?)
美古都が口唇を噛む。利幸はもうわけが判らなくなっていた。それでも二人はまた階段を下り、廊下を走った。何度も上がり、下り、その度に行く手には亡者達が待ちかまえていた。
「行き止まりよ」
廊下の途中でふいに、美古都が口を開いて立ち止まった。肩で息をしている。
「え?」
「閉じられたの。このままじゃ埒があかない。――たぶん、どこをどう行っても、あの連中が詰め寄ってくると思う」
「そ、そんな、だって…ここは――」
「トシ、これ持って」
美古都はポケットから、スタンガンを取り出した。
「――奴らに効くかどうか判らないけど、いちおう人間の身体してるから、ショックくらいは受けてくれるかもしれない。いい?今度は逃げずに強行突破する。 奴らの向こうには、多分、まともな空間が繋がっている」
「まともって…でも――」
言いながら、利幸はスタンガンを受け取る。おろおろと、それを見つめた。正面からは、亡者たちが迫ってくる。
「私はなんとかなりそうだから。奴らが来たら、それを当てて。 倒れたらかまわずその上を踏んでいっちゃいなさい。いい?躊躇しちゃ負けよ。襲われるのよ。 今は気にせず、どんどこ倒して、向こう側へ向けるの。判った?」
「は、…はい!」
なんとか、なんとか肯いた利幸を見て、美古都はうん、と応えた。そのまま、亡者たちの方へ顔を向ける。
「いち、にの、さん、で走るわよ。じゃ、いい?」
「はいっ」
「いち、にの」
二人は、思い切り息を吸った。
「さん!」


ここまでとんでもない事になってるとは、思わなかったな――
心の中でつぶやきながら、美古都は走っていた。
甘く見すぎていたかもしれない。出がけに修羅が言っていた台詞が脳裏をよぎる。力を使うタイミングを間違えるな、というあの言葉は、 この展開を予知でもしていたのだろうか。まったくとんでもない男だ。とんでもない男に、とんでもない展開。とんでもない空間。 利幸の手前、平気なふりをしているが、美古都はゾンビのたぐいは大っ嫌いだ。好きだという者がいるかどうかは知らないが。とにかく嫌いだ。 そのゾンビに向かっていかなければならない不運を呪うのは簡単だったが、それで事態が好転するわけではない。 とにかく今は走るしかない。あの気持ち悪い連中の先には、たぶん、出口がある。そこが玄関なのか、通用口なのかは判らないが、出てしまえば こっちのものだ。門まで行き着けば、夜地が待っている。どうにかして、あのゾンビ共をなぎ倒すのだ。
恵や哲理の様にはいかないが、美古都だって少々の気は使える。走りながらその気を手に溜め、ゾンビの群れにぶちあたる瞬間、それを吐き出した。
「よしっ」
思い通り、連中はバタバタと倒れた。人間ではないおかげで、ホンの少し「圧をかける」だけで、充分倒されてくれるのだ。
ちらりと横を見る。利幸が、スタンガンを片手に悪戦苦闘しながらも、ゾンビ達をなぎ倒していくのが判った。OK。大丈夫、 もうちょっとよ、トシ――と、心の中で応援してやる。
気を溜めるのには少々時間がかかるので、次々に繰り出すというわけにはいかない。 ゾンビは後から後からうようよとやってくるので、溜まる間はひじ鉄と体当たりでしのぐ。相当に気持ち悪い方法だったが、最悪の事態よりもまだましだ。 ――この家は木造なのである。
おそらくほんの数分、しかし、二人にしてみれば何十分もの死闘を繰り広げた結果、ゾンビの群れはまばらになり、その向こうには扉が見えてきた。
「やたっ!あそこよ、トシ!」
「は、はいっ」
叫び合いながら進んでゆく。利幸もがんばってはいるが、限界に近いようだ。 もう、ゾンビが数体しかいないのを見極めてから、美古都は体中の気をその手に集め、最後の一発を喰らわした。
どんっ
「あちゃ」
少々大きすぎたのか、それは利幸をも一緒に吹き飛ばしてしまった。だが、はずみなのか、その先の扉はしっかり開かれ、そこからは明るい光がいっぱいに差し込んできている。
美古都はそこへ走りより、入り口に倒れている利幸を助け起こした。美古都自身もへたへたと座り込む。
「大丈夫?」
「なんとか…」
はは、と力無く笑う利幸に肯いてから、美古都は扉の向こうを振り返った。 倒されたゾンビ達はまたぞろ起きあがり、あの無表情な顔のままで、こちらへ向かってきている。
「ばいばい」
言って、その扉を思い切り蹴る。どん、という音がして扉は閉まった。
「出られたんでしょうか…」
「たぶんね」
「じゃあ、もう…」
大丈夫よ、と美古都が言いかけようとした時、光の方から声がかかった。
「よく帰ってきたな、利幸」
驚いてそちらを向いた二人の前に、利幸の父親の姿があった。

TO BE CONTINUED…


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