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LUNATIC DOLL・36

HeartDancin'


初秋の朝は早い。まだ夜も明けきらぬうちに、美古都は夜地の運転する車で、院家の別邸を出た。
かなり遅くまで呑んでいたせいか、身体も頭もまだ働かない。というのに、別邸を出る二人を、修羅が見送りに来た。 お坊ちゃんなのに朝が早いのね、とつぶやいて、助手席に座って窓を下げる。
「恵ちゃんと哲理のこと、頼んだわよ」
半分寝ている頭だったが、それだけは言っておかねばならない。
「承知している」
修羅は軽く頷き、つと近づくと、美古都の肩に触れた。…一瞬、なにかが見えた気がした。
「なに?」
「――力を使うタイミングを、間違えるな。」
その目が、妙に優しい。
「どういうこと?」
不安を感じて聞こうとしたが、修羅はそれ以上なにも言わず、ただ夜地に向かって、行け、と目で促す。 夜地は頷き、そのまま車を発進させる。美古都はあきらめて窓を上げ、息をついた。
「どのくらいかかるの?」
「4,5時間はかかると思います。高速を通りませんから。」
「そうか。じゃあ、着いたら起こしてくれる?」
「駄目ですよ、美古都さま――着かれるまでに情報をお話することになっている筈です。」
「判ってるわよ。少し早めに起こしてくれればいいじゃない」
「しかし――」
「ただ寝るわけじゃないの。昨日解凍しちゃった夢を見直すんだから。とにかく、到着まで1時間くらいになったら起こして。それまで邪魔しないでよ」
本当はただ寝るつもりだったが、それを許してはもらえそうになかった。言い切ってしまった以上、気が進まなくても夢見をやるしかない。 ホントはもっと緊張感が必要なんだけどなあ、と思う。しかし、美古都の頭が働くのは午前十時を過ぎてからだ。ならば、 考えるより見た方が早い。
「判りました、では…」
「おやすみ」
手をあげてそう言うと、ことん、と美古都は夢に入っていった。



「――若、お電話です」
美古都たちを見送っていた修羅に、後ろから声がかかった。振り返ると夜地の兄、大地が、電話を持っている。
「こんな時間にか」
「――杜守恵についてとの事ですが」
「ほう…」
恵については昨夜のうちに連絡を済ませている。もちろん、真実を話してはいない。哲理の件はなにかと厄介だからだ。 院家の方で行っている仕事の最中に、たまたま恵が居合わせた――とそういう事にしておいた。 恵が、役所の上司には特に何も話さず行動している事が判っていたからだ。もちろん、役所でない方の上司には、どうせ知られているのだろうが。
「『評議会』か」
「『第0課』の者だと名乗っています」
肯いて、修羅は電話を受け取る。
「九十九院だが」
『――院家の総領殿ですね』
落ち着き払った、しかしどこか威圧的な口調だった。
「そちらは?」
『杜守の上司にあたる者です。――彼女が勤めている先では、直接の上司ではありませんがね。杜守の行動には、私に責任が求められる立場の者だと思ってもらえれば結構です』
「『評議会』の方かな」
瞬間、相手が躊躇するのが感じられた。図星なのだろう。がしかし、電話の主はすぐに体勢を立て直した。平静を装った声で続ける。
『私は上司だと言った筈です――杜守を引き取りにうかがいたい』
「断る」
こともなげに修羅は答えた。電話の向こうで、相手が真っ赤になっているのが手に取る様に判る。 躾のなってない男だ、と修羅は思った。名乗りもしない。礼儀というものを知らない。
『昨日のうちに応急処置は済んでいるはずです。なんなら救急車で迎えに行きましょう。ともかく、彼女に会わせていただきたい』
「何故だ?」
『貴方に答える義務は無い』
憮然として、相手が答えた。
「そうはいかない。こちらとしても迷惑をかけたと思っているのでね。私の知っている医者に見せて、ある程度まで回復したら出社させよう」
『結構だ。杜守はこちらの「社員」です。そちらにお世話になる理由はない』
「そうかな」
『それとも――』
意地の悪い声が聞こえてくる。
『なにか隠さねばならない事でも?――院家には、こちらに含むものがあるようですな』
馬鹿なことを、と修羅はため息をついた。これでは脅しだ。自分から『評議会』の品位を貶めているようなものである。 彼らの真意は判っていた。今回の事件には『連中』と哲理が関与している。うまくいけば双方共に潰す事が出来ると踏んでいるのだろう。 無駄なことだ。連中はそれほど馬鹿ではない。だが、哲理は今、危うい状態にある。恵を迎えに来るという名目で屋敷に踏み込まれては、 厄介な事になりかねない。
「結構だ。では、私が彼女を運ぼう。それで何処に入院させるのだ?」
『いえいえ、それには及びませんよ。私の方から出向いて――』
「それならばお断りする」
『何故です?』
「礼儀を知らぬ人間を我が家に入れるほど、私は寛容ではない」
『な――…』
「入院の用意が出来たらまた連絡したまえ。悪いが私は忙しい。貴方とくだらないおしゃべりをしている暇はない」
『し、失礼な…私は、私は――』
「では、失礼する」
言って、修羅は電話を切り、そのまま大地に向けて放った。
「お渡しになるのですか?」
「――今この敷地に入られては、なにかと言い訳が面倒だからな」
「あの者ひとりのために…――そこまで譲歩されるのですね」
ため息の様な声で、大地が応じる。――大地は哲理を嫌っている。個人的な好き嫌いではないことは判っている。 院家にとっても、修羅自身にとっても、哲理を抱えておくのはリスクが大きい。
「私の決めた事だ」
「結構です。――では、杜守さんは」
「私が送ってゆく。電話の男から連絡があれば伝えろ。――夜地との遠話は?」
「今は切って居ますが、何かご用命でも?」
「いや、いい。だがすぐ取れるようにしておけ。――私はしばらく散歩する。進展があれば呼べ」
「――御意」
大地が頭を下げると、修羅は頷き、庭へ向かった。


「――さま、美古都さま」
呼んでいるのは夜地だ。すぐに判った。だが、身体がうまく動かない。夢見を意識的にした時はいつもそうだ。 何かが憑依した時と似ている、と思う。尤も、美古都は憑依されるのは嫌いだから、そんなに経験した事があるわけじゃない。 苦手なのだ。何かに支配されるということは。
「美古都さま、大丈夫ですか?」
「…っるさい…わ…ねえ。起き…てるわよ」
思い切り怒鳴ってやろうと思っていたのに、出てきた声は哀しいくらいに弱々しかった。
「後1時間ほどで着きますが…」
「わぁった。ちょっと…待って…とにかく、起きるから」
言ってゆっくりと息をする。瞼が重い。脳裏に焼き付いたいくつもの場面が、スライドショーの様にまわっている。 三半規管がうまく調整できていないのか、身体が大きく揺れているようだった。耳元で何かがガンガン言っている。 それがうつつのものではないことは、美古都にも判っていた。意識を現実に戻さねばならない。もう一度大きく深呼吸して、 思い切って目をあけた。
フロントガラス越しに、青空が見えた。車が止まっているのが判る。
横を見ると、夜地が心配そうにこちらを見つめていた。
「後1時間だって?」
「そうです」
「OK。いいよ――車、動かしながらで」
「ですが…」
「いいって。とにかく動かして」
夜地がうなずいて車を発進させる。夢に酔った身体には少し辛いものがあったが、なるべく早く着いておきたかった。
「――友美さんのことですが」
「ん?」
「若がおっしゃるには、美古都さまがご覧になった夢がすべてだとのことです」
「――なんで修羅が夢の内容知ってるのよ」
「最初に別邸に入られた時に、コピーしておられたと――なんであれ、屋敷の中に入ってくる霊的要因はすべてチェックされておられますから」
「じゃ、何?わざわざ私が見なくてもよかったんじゃない」
「若がおっしゃるには…」
ためらいがちに、夜地は言った。
「――良い機会だから、美古都さまもこれで学ばれるといいだろうと…」
「あ、そう」
ふくれっ面で答える美古都を見て、夜地が少し微笑む。
「友美さんは数ヶ月前から、何故か夜中になると部屋から出ておられました。それはご存じですね」
「まあね」
「それが始まった時はちょうど、彼女が妊娠した時と一致します。 美古都様が夢でご覧になった通り、彼女の先祖はある村の神社を祀る禰宜だったようです。そして、村には水が無かった。 日照りが続いた時、村人たちは皆苦しみ、その辛さを彼女の先祖に向けたんです。」
あの意識――あきらめきった、死に向かう、どうしようもない気持ち。
「彼女の先祖はずっとそうしてきたらしい――だが、その時、彼女は身籠もっていました」
「村おさの息子ね」
夜地はうなずく。
「それは祝福された結婚ではなかった。おそらく、村おさの息子には、別に許嫁がいたのでしょう」
隣村の娘よ、と美古都はつぶやいた。
「駆け落ちしようとしたのよ。約束を守るって言ったの。あの男は。――優柔不断で、いつも父親の顔色ばかりうかがってる様な 奴だったけどね、でも、まあ、彼女にはそれでも良かったのよ。優しいのには違いなかったし、あの男だって結構彼女には真剣――」
そこまで言って、美古都は目を見開いた。その脳裏にある男の顔が浮かぶ。
優柔不断。父親の顔色をうかがって、でも、彼女には優しくて、真剣で――
「まさか…」
「その村はどこにあったかお判りですか?」
「どこにって…それ、もしかして――」
「村の名前は香月村。今は違う地名になっていますが、あの一帯の土地を持っているのは、昔から同じ一族です。 ――土地の番頭は分家がやっているようですが。現在の当主は先祖代々の土地から逃げ出して、 隣県に大きな病院を構えています。そこがこれから向かうところ、香月総合病院ですよ」
「じゃあ…」
「香月家には妙な風習があるようで、早死にの家系なのか、直系はいつもひとり。後は死産か、 子供のうちに死んでいます。幼い頃から外に出された子供は無事のようですが、戻って来た途端、急死していますね。 病院を経営しているというのに、お産はすべて遠方の産科にかかっています。 代々の跡継ぎは、若い頃に必ず、あの香月村のあったところに来なくてはならない。それも、その昔、 取るに足らないと思っていたひとりの女を埋めた場所に。彼らは自らのしたことを怖れてそこに塚を立てました。 だが何も変わらなかった。やはり、ここに来なければならない。 そしてしかるべき教育を受けた後、安全な隣県に避難して結婚し、子をもうけるんです。――でなければ…」
「死産――」
「それも、母親の命まで奪って」
「どうして…」
「一部では、香月家に来る花嫁は人身御供だと言われているそうです」
人身御供――それじゃあまるで、あの娘とおなじ…
「だが、何故か香月家は衰えない。これだけ面倒で、これだけ人死にの出やすい家なのに、常に栄えている。 まるでそれを約束されたように。たったひとりの子供を育て、次代に繋げる。それ以外に道はないかのように。」
「――それが、彼女の望みだと…?」
押し殺した声で、美古都は言った。
声を荒げれば、何かに聞こえてしまうような気がしたからだ。
「判りません」
静かに夜地が応えた。
「私は夢を見ていません――美古都さまはご覧になったのでしょう…」
「あれは…」
擦り切れていた。
いや、確かに彼女は望んだ。あの男の家、その血に連なるものたちへの災いを。だが、同時に、間違いなく彼女は、あの男を愛していたのだ。 あの男と子供と幸せになりたいと――それだけを望んでいたはずなのに。
誰が?
誰が歪めてしまったのだ?
彼女は――彼女は何に祈ったのか?
「もし――よ」
「はい」
「トモが…あの娘の血を引いているのなら、それで物語は終わるはずよね…」
「――そうですね。実際、念を鎮めるには有効な手だと思います。」
「じゃあ、どうして…」
「――もう、お判りだと思いますが」
そう言って、夜地はスピードを上げた。
偶然ではなかったのだ――
いや、果てしのない偶然の結果なのか。
美古都は口唇を噛んでいた。
なぜすぐに気がつかなかったのか。それとも――恵は気がついていたのか。
友美と利幸は贄だ。出会うべくして出会い――おまけにその仲人は哲理ときている――惹かれあい、 そして因縁の場所で結ばれた。香月家への呪も、香月家に連なった恨も、香月家が積み重ねてきた怨もすべて、 あの場所でなければなかったのだ。そして、それを仕掛けたのは間違いなく――
ふと、その事に思い当たって、美古都は顔を上げた。
「塚って言ったよね。あの場所に…」
「既に若が動いておられます。香月家はどんなことがあっても、あの場所を手放さない――そうでなければ、 もっと早くに院家が買い取っていたでしょう。だが、このままでは埒があかない。なんとでも理由をつけて、 明日にはあのマンションを「掃除」します。」
「何故、院家が動くの?」
一瞬、夜地の言葉が止まった。
「――若のお考えです…」
それ以上は何も言わないだろうということを、美古都は知っていた。彼らにとって修羅は絶対だ。 同時に、院家内部のことは必要のない限り、外には漏らさない。自分たちは例外中の例外なのだ。 彼らが別の「同業者」と一緒に仕事をすることなど、滅多にないのだから。
まあ、いいことだ。それは。問題は、目の前のことから片づけなければならない。
ふう、と息をついて、美古都は手を伸ばした。
「二人だけの問題じゃないのね…」
「――…」
「でも、あたしやめない。約束したんだもん。――トシを連れ戻して、トモを呼び戻して、そして みんなで幸せにするの」
簡単にいかないことは判っている。たとえ連れ戻せても、利幸が果たして友美を呼び戻しに行けるのか。 行って、彼女を説得し、友美を呼び覚まし、元に戻れるのか。子供は――まだ大丈夫なのか。
不安材料だらけだ。
でも、かまわなかった。それでひるんでいては、最終兵器、爆発娘、斎のお嬢の名が泣くというものだ。
今こそ、美古都は晴れ晴れとしていた。何故なのか判らなかった予感の正体、何をすべきなのか、何が 問題なのかがはっきり判ったからだった。それこそが、美古都がずっと抱えていた不安だったのだから。
「後、30分ほどです」
美古都は、にやりと笑ってうなずいた。
「わかった、じゃ、そろそろ戦闘開始と行こうか」

TO BE CONTINUED…


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