TOPへ戻る
LUNATIC DOLL・33

Magic


 院家は全国各地に別邸を構えている。この国の首都にも、いにしえの都にも、小さな地方都市にも。 その殆どが、かなり古くからその土地に在る古い家屋だ。 そんな家には、なにかしらの不思議が隠されているような、一種神秘的な雰囲気がある。 開かずの間、秘密の抜け道――そんなもの。
この家――F市郊外のこの別邸にも、外からは見えない、いくつもの秘密があった。 むろん、そのすべて最初からあったわけではなく、長い年月をかけて増築されていったものもあれば、 先の『闇黒期』の時代に作られたものもある。
そして。 その別邸の奥、その地下深くには、つねびとには入れない、ある部屋が存在していた。
美古都の言った『座敷牢』である。
 ――多くの能力者を排出し、長くその血統を今に伝えてきた院家は、同時にその歴史の中で、 数多くの異常者をも生み出した。次々に繰り返される近親婚。より高い能力を生み出すために 掛け合わされて生まれた子供たち――が、しかし、彼らは同時に幼い頃から極度のストレスを担う事になる。 たとえそれが望まれて生まれた存在だとしても、突出しているという事は、常に人を孤独にさせるものなのだ。 或いは院家という特殊な血族のなかに、そういう因子が含まれていたのかもしれない。
狂人と化した能力者ほど怖ろしいものはない。故に、その部屋は幾重にも結界が張られ、 常人は立ち入りが出来ないようにこしらえられ、今に至った。
いったい何人の人間がそこで死んでいったか…――
あるじが代わる度に浄められ、魔のたぐいが入り込む隙間の無いようにされてきたその部屋に…
――今は魔物が座っている。


「どうだ、様子は?」
あなぐらの様な階段をゆっくり下りてくると、修羅はそう言って、その結界に視線を向けた。
闇の中に浮かぶほのかな灯りに、格子戸の影が映っている。その向こうに見えるのは、 まだ強く闇の気を放つ気配。
「――なにぶんにも沈んでおられますので。あまり良い状態とは言えません」
修羅より一歩引き、頭を下げて夜地が応える。
「心配か?」
「――はい」
肯く夜地を見て、修羅は目を細める。心配なのは哲理か、それとも、彼の主であるはずの自分なのか。
答は決まっている。だから、彼は夜地を哲理につけているのだ。
「奴らは?」
「中には入り込んでは来ていません。――屋敷の外には群をなしているようですが」
「皆、気付いているのか」
「若が招かれた方です。皆、従います」
「殊勝なことだ」
修羅は薄く笑った。夜地の目に、少しだけ驚きが走る。
院家という組織の中で、修羅の命は絶対だった。現当主は修羅の父だが、ほぼ隠居しているに近い。 次代である修羅を支える者たちとして、8人の長老格はいるが、結局修羅が命じた事には逆らわない。 いわば彼らにとって修羅は神に等しい。 むろん、修羅自身も守らねばならぬ掟というものはある。それをすべて判った上で、 神は命令をくだす。神が白と言えば、黒でも白なのだ。
そして修羅自身も幼い頃よりそれに馴れていた。――当たり前と感じていた。
彼女たちに出会い、そして『闇黒期』が来るまでは。
「若――」
何か言おうとする夜地を目で制し、修羅はもう一度、闇へ目を向けた。
今の哲理はそこに存在するだけで、魔を活性化してしまう。 彼女の身体から出る波動は闇のものなのだ。――人は人である限り、いくばくかの穢れをその裡に内包している。 それから逃れることは出来ない。そしてそれを受け入れ、克服していく事で、人として成長してゆくのだ。
元来魔というものに、人間の様な肉体は存在しない。それらは精神の結晶とも言うべきものだ。 昔から魔物とされてきたものには、当時の権力者と敵対関係にあった者を蔑んでそう呼んだ事もあった。 勿論、本物の「魔」も存在していた。人の身体を乗っ取ったり、或いはその強大な力故に疑似物質の身体を作り出したり、 またその身体で人と交わり、子孫を残したり――ありとあらゆる方法で、人の世界にその存在を示してきた。 だが、それらは人の世界を壊すまでには至らなかった。なぜなら彼らは彼らなりの法則で動かなければならなかったし、 それは所謂「法(のり)」として、人の世界にも存在していたからだ。
そして、それを打ち壊してしまったのが、あの『闇黒期』だった。
今の世界は、いわば精神的なものがそのまま物理的な現象に影響を及ぼしている事で 成り立っている。あの刻以来、それらは元の世界よりもはるかに強い力――実際的な物理的攻撃力――を持って 人々を襲い、そして世界を変えてしまった。だが世界が変わっても、人は変わろうとはしなかった。 いや――変わろうとしなかったわけではない。変わることが出来なかったのだ。
人は、誰でもその裡に魔を持って生きている。
だが、哲理の中のそれは、常人のものよりもはるかに大きい。
彼女の身体は、ある忌まわしい過去によって、今や魔物のそれと大差ないものになってしまっている。 哲理たちが「生身」と呼ぶ本来の部分は、ほぼ焼けただれ、消滅し、そしてそれを補っているのは、 彼女が意志で作り出した――とは言っても本人もその仕組みはよく判っていないのだが――いわば闇の人形(ヒトガタ)だ。 それらは当然、闇の力で作り出され、そしてそれをエネルギーにして動いている。その彼女のまわりに魔が集まったとて、 なんの不思議があるだろうか。
普段の哲理は、その本人の意思と外部からの封印によって、その力を完全に封じられている。だが今、 その闇の力を制御できず、際限なく発し続ける彼女は、院家にとって確かに「敵」であり、滅すべきものなのだ。
それでも――
彼女を滅ぼすことは、修羅には出来ない。
それは力の問題ではない。
そして修羅に出来なければ、院家は一切、哲理に手出しは出来ないのだった。
「影響を受けやすい者は、しばらく外に出すか」
哲理をここに置いておく限り、街灯に集まる蛾の様に、魔物たちは喚びよせられる。 そしてそれらは、人の心を確実にむしばむ。
「いいえ」
夜地は首を振った。
「哲理さまの影響は確かに大きいでしょうが――我ら、それで乱れていては、実戦で役には立ちません。 それに、大丈夫です。少なくともこの邸の中には、妙な偏見を持つ者はおりません。それは――私自身が良く知っています」
夜地の言葉に、修羅は軽く頷いた。
「見舞うつもりで来たが――しばらくほおっておいた方が良さそうだな」
「はい。まだ、興奮状態が抜けておられぬご様子――落ち着かれてからがよろしいでしょう。若もお疲れでは?」
その言葉に苦笑する。
「私は疲れてなどいない。なにもしていないからな。それよりもお前はどうなのだ」
「どう、とは」
「哲理はしばらくここで預かる。となればお前の身体はあくだろう」
「わたくしは――」
言ってから口ごもる。常に哲理をガードしている夜地にとって、その必要が無いと言われても、どうしていいのか判らない。
その様子を見て、修羅は満足げに口を開いた。 「では、私から言ってやろう。夜地、美古都を守れ。その手足として、今回の件にあたれ。」
「美古都さまを?――しかし、今回の件は若も…」
「私は私でやる事がある。だが、このままでは美古都のおさまりがつかんだろうさ。それに――」
言って修羅は首を地上へと向ける。
「それにどうやら、美古都に向かって夢が解けたな――あれひとりでは荷が重いだろう。手伝ってやれ」
「若、わたくしは…」
言いかけようとする夜地を目で制し、修羅は命を下した。
「行け。そして命を果たせ」
「――御意」
夜地は、ひざまずいて深々と頭を垂れた。

TO BE CONTINUED…


BACK  NEXT
専用提示版 LUNATIC LINEへ
LUNATIC DOLL TOP