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LUNATIC DOLL・32

Cry No More


夢を見ていた…。

暗い夜道。私は走っている。必死で。その場所へ向かって。
約束は今夜。
もしあのひとが来なければ、自分のいのちはもう無い。――自分だけならいい。でも、 あのひとにさえ言っていない、このお腹の子はどうなるのか。
――かならず、行くから。
あの人はそう言った。そして、私から目をそらした。
判っている。…あの人は来ないかもしれない。ここで二人で逃げたら、 一生陽の当たる場所では生きられないかもしれない。でも、私は逃げなければ、 もうすぐ死んでしまう。この子と一緒に。――くらい、土の中に埋められて。 神に捧げられると言うけれど、私はもうおとめではない。 だからきっと村は救われはしないのだ。でも、なんでもいいのだ。本当は。 ずっと――ずっと前からもう、あのひとの親も、村の人たちも、そして本来なら その祠を祀るべき自分の家も、神をあがめてなどいない。忘れられた祠。忘れられた家。 忘れられた神に今更、何を願えというのだろうか。でも、私は埋められる。それで村の人々の心が鎮まるのだから。
そう、私が捧げられ、殺され、鎮めるものは神ではない。村の人々の心なのだ。
 あのひとは来るだろうか。
私の死が決まったとき、あのひとは村おさの父親と一緒に、私の家へやってきた。 この不作は、私の家が神を祀らなかったからだと言って責める父親のそばで、ぼんやりと私を見つめ、 そして私を埋める事を告げると、そのまま帰っていった。――知っているのだ。村おさは。 私があのひとをたぶらかした、と、だから私に告げたのだ。
あのひとにはいいなずけがいるのだ。隣村の娘。そしてその婚姻で、隣村の水路はこの村にも 豊かな水を与えてくれるだろう。――それには私が邪魔なのだ。
私だけじゃない。私の家。なんの利益ももたらさないのに、村で飼われている私たちを、 あの村おさはなんとかしたかったのだ。
しばらく前から村おさの家に逗留している占い師は、この不作の元凶は私だと言ったという。 だが、そんな事は言い訳にすぎない。私は、――私の運命は決まっていたのだ。
あのひとと結ばれてしまった時から。
村を鎮めるために埋められる。
それもいいのだろう。いや、それで良かったのだ。本当は。――そう、この子さえいなければ。
私は今までずっとそうやって蔑まれて生きてきた。私の親たちも、そのまた昔からずっと、 何か起こった時に神を鎮め、村人の怒りを受けて。たとえそれになんのちからもなくなっていても。 そして、埋められるために飼われてきたのだ。
昔は違ったかもしれない。この村じゃなければ違ったかもしれない。でも、それはもう決まってしまっている。
だから、私は賭けをした。
あのひとは言ったのだ。逃げようと。村を捨てると言った。
あのひとだけだったのだ。
あのひとは私を嫁にしたいと言った。――たとえそれが嘘でも、 その場限りの――私を手に入れるための方便でも――よかった。あのひとは私を人並みの娘として 扱ってくれたのだから。
判っているのに、あのひとが愛おしい。
本当は――来ないかもしれない。いいや、たぶん、来ないだろう。
この子がいるのに――!!
私だけならもういいのだ。諦めている。最初は母だった。そして父――順番なのだ。
だけど私の中には、あのひとの子が宿っている。
この子は、この子だけはなんとかしなければ、私は死んでも死にきれない。
あのひとはまだ知らない。
でも、あのひとは私を連れて逃げると言ってくれたのだ。父親に逆らって。 村を捨てて、どこかへ行ってふたりで幸せになろうと。こんな――こんな私を、だから、私は、 あのひとの言葉を信じよう。信じていなければ――私はもう生きられない。もうすぐ死んでもいい。 見つかって連れ戻されてもいい。あのひとの言った事を信じよう。
この子と、あのひとと、そして幸せに暮らすのだ。
夢を見て。
あのひとを信じて。
本当に――ほんとうに、来てくれれば良かったのに――
ああ…
何故こんな満月の夜に、あのひとは逃げると言ったのか…
何故、約束の場所に灯りがついているのか…
どうして――
ここに、あのひとの父親がいるのだろう…
あのひとはどこ?
来ると言ったのに…


「あれは来ん」
村おさは険しい顔をして言った。
「……」
「――儀式は明日。やつが帰って来る前に埋まってもらう」
「あのひとは…」
「あれは今夜から隣村じゃ」
「もう、会えないの…」
「会わせれば、あれの事だ。また逃げるなどと言い出すじゃろ。お前は判っておらん。あれは腰抜けじゃ。その時だけじゃぞ」
「――知ってた…」
それでも良かったのだ。
「明日は大事な儀式じゃ。お前がいなくては始まらん」
判っていたのだ…そうだと。
それでも…なんとかして――この子を…
村おさの後ろから、男たちが現れる。私の手を掴み、身体を押さえつけられる。私は抵抗などしなかった。
私には何も残されていない。
「ひとつだけ言っておこう。今夜の事をわしにしらせたのは、あれ自身じゃ」
私はぼんやりと村おさを見つめた。もう、どうでも良かった。
「お前の役目を果たせ」
――そして私は、自分が倒れていくのを知った。





「あ、あっ痛――っ」
叫んで、美古都は夢を放り出した。
そばで、恵が柔らかな寝息をたてている。――彼女が寝静まるまでそばにいて、そのまま 一緒に眠り込んでしまったのだった。
体中の筋肉が痛い。夢の主が走っていたそのままに、美古都の身体も消耗している。
「だ、駄目だあたし…――続き見る勇気、無いっ」
声に出して言ってから、自分の息があがっているのに気が付く。うまく呼吸が出来ない。 寒いわけでは無いが、身体の震えが止まらないのだ。頭もガンガンするし、喉はカラカラだった。 夢を断ち切ったせいだろうか。まだ半分、魂魄が戻っていない様な気がする。しかし、身体が急激な疲労で ショックを受けていた。
見る気は無かったのだ。
美古都自身にも準備が必要だったし、その前に情報を整理しておきたかった。それなのに、 知らぬうちに取り込んでしまったらしい。恵自身が持っていた夢ではない事は確実だった。 どこかで捕まえていたのだ。おそらく、恵自身も「解凍」せずに持っていたに違いない。 怪我のショックで「解けて」しまったのか、それとも美古都のせいなのか、ともかくそれは、持ち主を美古都に変えてしまった。
だが…
わけもなく――わけはあるのかもしれないが――涙があふれ出る。
娘はあの後どうなったのか、考えるまでもない。
そしてあの娘がいったい誰なのか、美古都には瞬時に判ってしまった。
では、それでは――
「なによ――こんなの…こんなのって…」
まだ夢には続きがあった。だが、おおかたの予想はつく。娘はそのさだめのままに逝くのだろう。そして 残された者へ思いを残すだろう。
それがなにを生み出すか。
そして、どうすればいいのか。
美古都の脳裏に、あの満月が輝いていた。

TO BE CONTINUED…


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