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LUNATIC DOLL・27

ALL NIGHT PARTY


「ちょおおっとお、なんでこいつが一緒なのよ」
美古都は思いっきり嫌そうに――そして滅多にそんなことはしないのに――恵の腕に腕をからませて言った。
もちろん。隣に立つ哲理を意識してのことである。
「私としちゃ、お前さんが一緒の方が不思議だがね」
呆れたように恵が言う。刻は夕暮れ。宴の前。これから3人はお約束の同窓会――という名前の呑み会――にでかけてゆくのである。
同窓会というか、陵(ミササギ)高校美術部OB会なのだが、それならば美古都も恵も哲理も、一緒にいくのは当然だ。 だがその前にちょっと寄るところがある。一昨日、町中で「倒れた」桑田友美の見舞い、というのがそれだ。
本当は今夜の同窓会だって、その、友美が、最近おかしい、という話から、 じゃあ彼女の様子を見てみよう…と計画されたものだった。偶然にも、哲理の計画したそれと、美古都の計画したそれは、 全く別の思惑から別のところで決まった事であったにも関わらず、同じ日の同じ時刻に同じ面子という状態であり、 結局、誰が修正するまでもなく、(そりゃ誰だって同じだと思うだろう)今日に至ってしまった。
今更言い出しっぺが欠席するわけにはいかないが、幹事なんか不要のただの呑み会だから(笑)少々遅れても問題はない。
で、本格的に事情を聞くのは別にして、かなりショックを受けたであろう友美を、ちょっと見舞っていこうという話になり、 近くで待ち合わせた恵と哲理の前に、またもや何故か同じ時間に友美を見舞おうとした美古都が現れたのだった。
「お前さんと哲理が偶然会うってのにはもう驚かないけどね」
そうなのである。どういうわけか――美古都と哲理はしばしば行動がぶつかる。 どこかで『繋がっている』のだということで、当の本人たちも諦めているが、今は喧嘩の真っ最中――というより美古都が一方的に怒っているだけなのだが―― であるから、かなり気まずい雰囲気だ。
「だってえ、どうせトモんちいくんでしょ。だったら一緒で良いじゃん」
甘えるように言って、ごろごろと恵にまとわりつく。哲理はと言えば、仕方がないなあ、とでも言うようにため息をつき、それを眺めている。 普段なら「ええい、うっとおしいっ」と叱りとばす筈の恵がそのままにさせているのも、まあ、美古都に甘いのか、それとも哲理をからかいたいのか…。
「まあいいけどね。――みやげ、買った?」
「あ、うん、『16区』のケーキ。トモもトシちゃんも好きなんだよね。」
「丁度いい。じゃ、行こうか」
「へへへー」
美古都がにやにやと笑って、ちょっと哲理の方を向くと、べーっと舌を出す。
やれやれ、と哲理はため息をついた。


友美たちが住んでいるマンションは、市の中央ながらちょっと静かな場所にある。 大通りから一本だけ入ったところで、土曜日のこの時間だと、人影もそう多くはない。 子供たちの声が遠くに聞こえ、道には白い猫。どこからともなく夕食の雰囲気が流れ、辺りはゆっくりとたそがれてゆく。
黄昏どき。
魔も人も跋扈する時間。
哲理はこの時間の住人だ。昼ではなく――かと言って夜にもなりきれず。だから、哲理はこの時間が好きだ。
空は薄闇色に染まって刻、一刻とその彩を変えてゆき、辺りの空気もしっとりと濡れてゆく。
「昨日、役所の方に来たってな」
「え?あ、うん」
「ついでに陵の方にも行ったらしいし」
「あう…」
「別に何をしようとかまわないが――バレバレだぞ、お前」
「うーん…だってそのー…恵ちゃんに報告、行ってるの?」
「別に。でもお前らの話は、嫌でも耳に入ってくるからな――昨日、ちょっと呼び出されたしね」
「え?」
「『評議会』から釘をさされた」
ちら、と哲理の方を見る。哲理の顔が歪み、そして押し殺すように言う。
「一昨日の件か…?」
「まあね――爺さん方は心配が好きなのさ。別にお前らに問題があったわけじゃない。そっちはもう片づいている。 だけど美古都、お前さんがあんまり派手にやると、こっちとしても動きづらい――判るよな」
「静かにやれってこと?」
「おまえ、じゃあこの間のアルバイトって――」
言いかける哲理に手を挙げて制し、恵はうなずく。
「そういうこと。お前さんを信じるからな。危ないことには首を突っ込まない。PSYとしての能力は最小限に抑える、いいか?」
「恵!」
「お前は黙ってな」
「そういうわけにいくかよ、だいたい…」
「判ったわ、恵ちゃん」
美古都がにっこりうなずく。
「このろくでなしの代わりに、私がちゃーんと働いてあっげっる♪」
「余計な事は言わないでいい」
呆れて恵が言う。そして
「お前ら、いい加減にしな。――まったく、いつまで意地張ってるんだよ」
「別に意地張ってるわけじゃない」
「別に意地張ってないもん」
同時に叫ぶ。――本当に、しょうもない。
「あ、見てみて、猫、かわいー」
ちょっとだけ哲理をにらむと、聞こえなかったふりをして恵から離れ、美古都は寄ってきた白い猫に駆け寄った。首輪はしていない。野良猫なのだろうが、それにしては 人になれているように、美古都の差し出した手にすり寄ってくる。
「どれどれ」
哲理も手を出すと、何故か猫はいやいやをするように、美古都へすり寄る。
「――うう」
「動物は賢いから、危ないものには近寄らないのよねっ」
思いっきり悪意を込めた口調で美古都が言う。哲理はがっくりと首を垂れる。
「ねえ、恵ちゃん、見てご覧よこの子――細いなあ。ちゃんと食べてるのかしら」
「さあ…でもそれだけ人に慣れてるってことは、家猫なんじゃないか?」
「そうかもね。」
白猫はみゃあ、と鳴き、哲理をその瞳で見つめていたが、やがてゆっくりと近づいてゆき、その足下でまたみゃあ、と鳴いた。
「あ、猫ちゃん、駄目よ。怖いんだよ、このおばさん」
「お、…おばさん?!」
絶句する哲理には目もくれない。
「さて、そろそろ行こうか」
恵が促す。美古都は白猫に「じゃあね」と手を振って立ち上がり、マンションへ向かって歩き出そうとした…が。
猫はそれを引き留めるように鳴いたかと思うと、走ってきて、哲理の足下にじゃれつき、離れない。
「ほーら、猫にだって私が危なくないってことは判るんだぞ」
子供のように喜ぶ哲理であった。…が、離れないのはいいのだが――前へ進まない。
「ほらほら、ちゃんとおうちへ帰りな。もう暗くなるよ」
言って足下から離す。そのときは素直に離れるのだが、彼女らがトモのマンションに近づこうとすると、駆けてきていやいやをする。
「うーん…なんだかこの子、向こうへ行かせたくないみたいだね」
「遊んで欲しいだけじゃないの?」
「だからってずっとかまってるわけにはいかないよ。この後、宴会も待ってるんだから」
恵が声をかけ、仕方なく三人は猫にじゃれつかれながら歩く。しばらくそうしていたが、やがてマンションの前まで来ると、猫は哀しそうににゃおーん、と言い、彼女たちの足下を離れた。
その不思議な瞳がくるりと光る。
「じゃね、ばいばいねえ、猫ちゃん」
美古都は手を振ってマンションへ入ってゆく。哲理も、恵も。
それは洞窟の入り口。
三人が入った後、オートロックのドアがすうっと閉まった。



「ここってオートロックだよね。どーしてこのまま入れるの?」
「どうしてって…そう言えばなんでだろ。――今、普通に入ったよね?」
オートロック式のマンションでは、住人が中から開けるか、或いは鍵を持っている者がそれで開けるかして入るのが普通である。 ドアの前に立っただけで開くただの自動ドアではないのだが、たった今、3人が抜けてきたドアは うんともすんとも言わず、3人が前にたっただけで開いた。
三人は入ってすぐにあるエントランスを抜け、その向こうにあるエレベーターの前に立つ。魔法の呪文。開けゴマ。 まるでそう言ったみたいに――エレベーターは降りてきて、止まった。箱の蓋が開く。
「うーん…」
エレベーターに乗り込んで、11階を指定する。蓋が閉まって動き出す。
恵が難しい顔をして唸っている。そう言えば、このマンションには妙な細工がしてあると、この間そう言っていた。曰く――入ってこれるけど、出ていけない。
では、そのせいか?
しかしそれでは、一般のセキュリティに問題が出るだろう。ここは単身赴任用のマンションだが、それなりに広くて住み心地も良く、 市の中心部にも近くて家賃も高い――高級と言う程ではないが、それでもかなりのランクである。 それでこの調子では、ちょっといただけない。
「うーん…なんだかなあ…」
また、恵が唸る。
「どうした?」
「――哲理、お前何ともない?…活性化してるとか気持ちが悪いとか…」
「は?」
「気のせいのような気もするし…でもなあ」
「でも、ここじゃないわよ」
いきなり美古都が言った。
「どっかから『流れてきてる』のよ。この箱じゃないし、さっきのホールでもない。良く判らないけど…でも、ここってきっと誰かが前に結界を張っていたとは思う」
「結界を張った痕、かもしれないけどな」
恵が応える。
「この程度の密度は別段、珍しくないから。――マンションとかアパート…建物ってのはそれだけでひとつの結界に成り得るし。 だけど美古都、変じゃないか?この感じ――覚えはないか?」
「え――でも…このくらいは結構いるじゃない。普通に歩いてても。残留思念なんじゃないの?…」
「そうかもしれないけど…」
不思議に…
哲理は、何も感じない。
普通は…この2人がこんな会話をしていたら、それとなく判るものなのに…。
視覚。聴覚。嗅覚。――感覚のどこをとっても、別に異常を感じない。
「私には判らないなあ…」
「全然?」
「うん――悪い」
「別に悪くないけど…それも妙だな。なんにもってのが。…――お前に近いなら、それはそれで元気になるとか、感覚が冴えるとかする筈だし…」
「どっちかって言うとこのままの方が有り難いけどね、私は」
肩をすくめて哲理が言う。
「ともかく…今度ゆっくり見に来たらいいじゃないの。今日はさっさと友美を見舞っちまおうよ」
「そうだな…週明けに調査かけよう」
恵が手帳を取り出してメモを始める。真面目ねえ、と美古都は茶々を入れ、そしてエレベーターが着く。
11階。利幸のプライヴェートスペース。
利幸自身が友美と共に使っているのは、この階の一部分にしかすぎないが、実はそれ以外の部屋には一切住人が住んでいない。 何があっても、この階から出ない限り、誰も気がつかない。誰も傷つけない。
「どこだっけ?利幸の部屋って」
「ああ、突き当たり――そこ曲がって右」
「詳しいのねえ、恵ちゃん」
「ここに来る前にちゃんと利幸に聞いたんだよ」
「どうだか」
空気が薄い。
なんだかそんな気がするな、と哲理は思った。
――だが、それ以外に何も感じられない。時折幻のように見えるさまざまな"ものたち"も、漂う哀しい悲鳴の痕も――
「まだ見えないのか?」
ぼそりと恵がささやいた。緊張しきった声だった。
「うん?」
「――とんでもない…巣だぞ、ここは?」
「まさか――…っ痛っ」
驚いて大声を出しそうになって、隣から美古都に思い切りどつかれる。
あたりに響いていくのは、コツコツという三人の足音。淡いホールの灯りが、その影を映し出す。それがなんとも――怖い。
「静かにしててよね。馬鹿」
「お前にも見えるの?」
「当たり前よ――こんなの…この階は異常よ。ここまでだなんて…」
「だって…」
「たぶん、急激にこうなったな。まだ空気の層が薄い。汚染度も低い――濃度は濃いが…」
「掃除屋喚ぶのか?」
「無駄だな」
肩をすくめて、恵は携帯電話を見せる。――中心地に近い場所であるというのに、アンテナは立っていない。それどころか、 液晶画面はあかあかと光ったままで何も映し出さず、どこのスイッチを押しても反応する気配はない。
「おやまあ」
「――腹ン中ってわけ?」
苦笑する。だが、こういう事は初めてではない。今までにも何度もあった。そしてそのときも、一緒に居たのは――
「ここだよ」
恵がつぶやいた。
ホールの突当たり。
そこにあるのは鉄の扉。表札には『香月利幸』。
「――喚んでる…」
美古都がつぶやく。まるでその扉に引き寄せられるように…あたりには霧。
ここまで現出していると、何の感覚もなくなっている哲理にも、見える。
美古都がチャイムを押す。ピンポーンというあの聞き慣れた音が、この部屋の外にも響いてくる。
が、いらえはない。
美古都がもう一度押す。同じようにチャイムは歌い、そして誰も何も言わない。
「――10分前にはいたんだ…」
恵がつぶやく。
「なか、視えるか?」
と、哲理。
「無理だな――お前は?美古都」
「そーいうの、無理だよ」
美古都が応えて、さらにチャイムを押す。
 ピンポーン
  ピンポーン
   ピンポーン
    ピンポーン
     ピンポーン
      ・・・・・・・・・・・・
三人の口の中はからからなのに――チャイムの音は楽しげにそれを繰り返す。何もなかったように。何も起こっていないように。
「友美!!」
ふいに、哲理が叫んだ。
「トモ!いるのか?トシ!いないのか?返事をしろ!おい!!」
どんどん、どんどん、と扉を叩く。
「哲理――おい」
恵が止めようとするが、哲理はそれを押しやってまた叩き続ける。
「トモ!トシ!――返事をしてくれ!!頼む――いるんだろ?」
「哲理、やめろって…」
どんどん、どんどん、どんどん――
それでも返事はない。――恵はそのとき、何かを聞いたような気がして振り向いた。
だが、そこには何もない、ただ、3人が歩いてきたホールがそのまま、そこにあるだけだ。
「利幸、開けるぞ!」
哲理が叫ぶ、いらえのない扉に向かって。
そして彼女は扉のノブに手をかけた――そのとき…
嘲笑。
   ――――はやく開けておくれよ――――
(なに?)
がちゃん、という音が響く。
鍵はかかっていないかった。
景色が一瞬――止まる。
哲理が開けるそのドアの隙間――――
そこに――なにかが群がりゆく――
なにかが――――
「やめろ!哲理!――開けるなっ」
嘆くもの。
嗤うもの。
怒れるもの。
哀しむもの。
そして――それらを踏みつぶし、喰らい、奪うものたち――
「奴らが――」
嗤い声。
「奴らが入ってしまう――っ」
「――…え?」
そして哲理は、その扉を、妖魔達に向けて開け放った。

TO BE CONTINUED…


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