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LUNATIC DOLL・26

Emotion in Motion 2


――子供ができたの――
友美は言った。そう。間違いなく。
その声が、ひどく遠く聞こえる。
「――子供って…俺の…だよな」
「当たり前じゃない」
友美が笑い転げる。
「俺の子――じゃあ…トモ…最近の…その貧血って…昨日のも――」
「ああ」
友美の顔が曇る。
「昨日のはよくわからないの…今度杜守先輩に相談してみるけどね」
「そうか…」
まだ呆然としていた。なにか――どうしていいのか、利幸には見えない。
「トシ?喜んでくれないの?」
拗ねたように友美が言う。
これが、友美。
自分の恋人。
そして――そして、自分の子供の――
母親?
――瞬間、利幸は突然立ち上がった。目は見開いたまま、うつろに宙を見つめて。
「トシ?どうしたのよ」
「――そんな…そんな馬鹿な」
「――トシ?」
「だって…俺はまだ学生で…親父はトモの事も知らないし…だいいち許さないだろうし…どうしてそんな…俺は――俺は…」
「怒ってるの?」
不安そうに友美が言う。その仕草、その目つき――それは…それは母親の目なのか?
ははおや。
友美が――友美が、自分の子供の…
「ねえ、利幸、どうしたの。そんなにショックだったの?そりゃ驚いたのは判るけど…」
「いつからなんだ?」
「え?」
「いつから判って――俺に黙って…俺をだまして…」
「だますって――判ったのは一昨日よ。病院に行って調べてもらって、検査の結果が出たの。三ヶ月だって」
「三ヶ月も――」
三ヶ月も俺をだましていたのか?
そこに、利幸はいなかった。
そこにいたのは――もうひとりの…
「ねえ、利幸、びっくりしたのは判るわ。でも、喜んでくれると思ったのよ。ねえ、トシ?」
「どうして――俺に子供が出来るなんて…だって――俺は…あんな父親と…」
「どうしたのよ、トシ、子供は好きだって言ってたじゃない」
その通りだった。利幸は小児科を希望している。子供も好きだ。ボランティアで子供の相手をしたこともある。 そのときも――そうだ、そのときも…彼は言っていたのだ。子供は好きだと。だが――自分は…
「――悪い、トモ…俺――俺、どうしていいか判らない」
「判らないって…」
「俺に子供が出来るってことが…だって、俺達結婚もしてないし…親父が許さないし…」
利幸の顔がみるみるうちに青ざめてゆく。息があらくなり、額には脂汗が浮いている。
「産むのか?」
「――…!」
「産むんだよな。そうだよな…判ってる、俺だって判ってたんだ…だけど――」
「としゆき…」
友美の身体がゆっくりと後ずさる。
「ごめん――俺、混乱してるんだ…どうしたらいい?俺はどうしたら…そうだよな、まずは親父に言って…」
「お父様に言ってどうするのよ!」
友美が叫んだ。
「許してくれないって――じゃあ、私はどうしたらいいの?貴方は…私を――私の子をどうするつもりなの?!」
「だからまずは――親父に相談しないと…」
「私はいけなかったの?貴方を愛して愛されて出来た子供なのよ?この子はここで――ここで宿った子なのよ!」
「だって、そんなこと…」
泣きそうな声で利幸が言った。いや、彼は泣いていた。まるで子供のように。いや、それは子供だった。与えられるべきものを与えられなかった子供。 母親を知らない――家族を、子供を知らない子供。
「私の子供は宿ってはいけなかったの?生まれてはいけない子供なの?」
「そんな――そんなことは言ってないじゃないか」
泣いていた。利幸は――泣いていた。
TRRRR… TRRRR…
その2人の間に、電話のベルが流れる。利幸の携帯だった。慌ててその番号を見て――利幸の顔がさらに青くなった。
「親父からだ――」
友美は、すとん、とソファーに腰掛ける。
「待ってくれ――友美、もうちょっと待って…」
言いながら携帯を取る。
「もしもし――はい。僕です。…え、あ…――はい。でも――」
友美を横目でみながら、その顔に狼狽が浮かぶ。
「それは…だから――これからですか…ええ――判りました…」
利幸はうなずくと電話を切った。それを友美はぼんやりと眺めている。
ここにいるのはだれ?
私の利幸――
なぜ、彼はここにいるの?なぜ私は…
「ごめん、友美――親父が来てるんだ…その、ちょっと行って来る」
「どこへ…?」
ぼんやりと、友美がうつろな声で言う。
「駅にいるって――だから…ここには連れて来ないけど…その、帰ってからちゃんとするから…だから――もうちょっと待ってくれ」
「帰って――来るの?」
その問いに、利幸はぎょっとして、友美を見た。
うつろな目が、ぼんやりと利幸を捕らえている――それを見て、思わず目をそらしてしまう。
駄目だ――
「ともかく行くから――その、先輩たちによろしくって伝えて…」
口の中でつぶやくように言うと、そのまま、利幸はそこにあった上着を取り、玄関の外へ向かって駆けだした。
友美の――いないところへ。




信じていたのに
また貴方は行くのですね
また私から目をそらすのですね。
貴方の子供と一緒に
私をまた――またあの、土くれのなかに追いやるのですね。
そうして――私は約定を果たすでしょう
貴方はもう帰って来ない
あのときと同じように――




誰かがつぶやいている。
誰かが泣いている。
あれは、誰?
あれは、わたし。
私のうつしみ。
そうして私は目を覚ます――
そうして私は堕ちて逝く――
この子と共に…
もう――もう私には、残っていないから
この子と一緒に――

――いやあああああああああああ――!

TO BE CONTINUED…


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