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LUNATIC DOLL・25

Emotion in Motion


週末はゆっくりと眠るように言われ、友美は金曜日いっぱいをゆっくりと過ごした。
本当ははやく――…一刻も早く、彼にそれを伝えたかったのだけど、慌てても仕方がない。 会社に事情を連絡すると、神無生は驚いて見舞いに行こうかと行ってくれたが、それも断った。
『彼にはもう?』
「まだです――機会ってなかなかやってこないものですよね」
『でも、その調子なら大丈夫ね。今日は安心して眠って下さい。仕事のほうはまかせて』
「ありがとうございます」
『じゃ、お大事に。無理しては駄目ですよ』
「はい」
利幸は買い物に出かけていた。友美はいいと言ったのだが、今夜の食事はどうしても自分が作ると言って 聞かなかったのだ。利幸の、そんなところも友美は好きだ。――どうせ今日だけなのかもしれないけれど、 優しくしてくれるのは嬉しい。急がなくてもいいのだ、と友美は思った。大丈夫。私は彼を、彼は自分を愛してくれている。 昨夜一晩で、友美はそれを痛いほど感じた。安心していいのだ。夜になって結局、出来合いの総菜を買ってきた時も、 友美は利幸らしいと笑った。こんな静かで、気持ちの良い空間だったのだ――この部屋は。
夜はゆっくりと眠り、次の日友美が目を覚ましたのは昼過ぎだった。土曜日は寝坊するのが日課になっているとは言え、 ちょっと寝過ぎたなあ、と思う。頭がぼおっとしていた。部屋に利幸はいない。 起き出して居間と続きのダイニングへゆくと、置き手紙がしてあった。
『出かけて来ます。夕方には戻ります。斎さんたちから電話があって、夕方様子を見に来るとのことでした』
そう言えば今日は美古都に同窓会に誘われていたのだ――と思い当たる。体の方はもうすっかり元気になっていたし、 だいいち本当は貧血ではないのだから行きたいと思ったが、利幸のことだ。絶対反対するだろう。 向こうもそれを判っているのだろうな、と思った。だから元気づけにきてくれるのだ。
斎さんたちから、と書いてあったが、実際誰が来るのか見当がつかない。いつもつるんでいるのは 哲理だけれど、昨日は恵先輩もいた――知っているようだった。友美が、妊娠していることを。
哲理が話したのだろうか?
いや――そうでなくても運ばれたとき、私は繰り返していたのだ。子供が心配なのだと。
恵は大丈夫、と言ってくれた。あの医師も。
子供の事を考えると、妙に胸騒ぎがした。無事だという医師の言葉を信じないわけではなかった。 が、なぜか気にかかる――何が気にかかっているのだろう。心のどこかに、なにか、このままではいけない―― このままでは、子供が危ない、と告げる声が聞こえるような気がするのだ。それを辿っていくと なぜか哲理の姿が見えてくる。それが――それが、あのときの男の顔に重なる。
全く違う貌なのに。全く違う匂いなのに。
それは不安を呼ぶのだ。
あの男の事は――極力考えないようにしていた。考えても判ることではなかったし、 恵はなんと言ってもそういう、わけの判らないことについては専門家だ。任せておいて大丈夫だとは思う。 それなのに、なにか、どこか、取れない喉の小骨のように、引っかかることがある。
(――そうだ…哲理先輩…)
最初に哲理に話したときのことだ。――あのとき、途中までは記憶があるのに、それがぷっつり切れている時間がある。 そういう事は最近めずらしくなかった。覚えているようで糸が途切れている。しかしその間、自分は普通に生活し、 仕事も、家事もやっているのだ。あのときも――哲理に、子供が出来たと話していて、…気がついたら 自分はテーブルに突っ伏していた。
まわりには人が倒れ、変な匂いがして…
  ――連中が出たんだよ
哲理の事はよく判らない。いろいろ面倒な事情があって、そっちの関係の仕事はしていないけど、 ちょっと特殊な立場にいるのだと聞いた。だから、彼女と一緒にいると、妙にそういう事件に遭うことが多い。 それでもつきあいをやめたいとは思わない。そんな事情はこのご時世、誰にでもあるのだ。
でも、あのとき――
なんだっただろう。確か、何か言ったのだ。哲理が。
その辺りから、記憶があやしい。
そうだ、彼女は言ったのだ。2人とも健康なのだし、頑張って働けばいいのだし、 試験はまた巡ってくるけれど、子供は待ってくれない、と。
 ――今までだって、あいつの面倒見てきたんだから。
面倒なんて、と思ったのだ。まあ、確かにそんな風に見えても仕方がないのだろうと思って苦笑する。
 ――子供は大事にしなきゃ。
そう言ってくれた。…この子――私の子。彼と私に授かった命。
そして…そしてそれから…――?
 ――まさか…なんて考えてないだろうし
なんと言ったのか?そうだ、その一言で――その一言で私は目を覚ましたのだ。
あの女、あれらと同じ匂いのする者が言った…
 ――堕ろすなんて…
そう言ったのだ。なんてことを――どうして…そうだ、思い出した。その一言だ。
それが私を起こした。私を喚んだ。私の中に眠っていたのに…この子が無事に生まれてくれば、 私は目を覚まさないでよかったのに。あれらが喚んでも――忘れて、ひっそりと、私の中でこの子を守って眠っていたのに…
いいや、ちがう。
あの女が最初ではない。私を喚んだのは月の声。私を起こしたのはあれらの約定。
あれらにこの身体も魂も、すべてを渡しても良いと――そう願った、私の結んだ言の葉。
――小さな火
消えてしまう小さな命
          ――ならば――やろう…
なに…を――
          お前が望むように
私は何を望んだのだ?
          かなえてやろう――お前の血に連なる
          未生の命と引き替えに
そうだ、私は望んだのだ
この子を土くれのなかへ追いやった者達を
          その血に連なるものたちを――
…あの、愛しい御方の
その血に連なるものたちを――いつか…

それは怨嗟の声
それは祈りの声
小さな火が揺れる
揺らめいて鳴く子守唄

いつか――あの御方の子供たちのまたその子供たち…その裔を、必ず闇に堕とすこと…
それが私の望んだ約定。
では――ではこの子は…
この、私の子は…――――私と、そしてあの御方の子…あの御方の裔と私の裔が交わって出来た、 私の子供は――
 約定は果たされる
声が聞こえてくる。それはどこから?そうだ、この私の胎内から。
この子が言うのだ。この子は――最初から…
 行ってその身をゆだねよ
ここでは、子供は育たない。なぜなら、ここには私しかいないから。彼と私。 それだけでは、この子は飢えてしまう。では――では、私は行かねばならない。
あれらとの約定を果たしに。――

――ちがう!


何かが私の中で抵抗する。いいえ、抵抗しているのは私。それがちがうと知っているのも私。
この子は私の子。
あれらが約定によって…必ず私と共に生きると言った、私の子。
でも、彼の子でもある。
では、私はどうしたらいいのだ――ここに居れば安心だという。でも
 ここでなければ、この子は宿らなかったのだ
ではなぜ私は再び身籠もったのか。ここには結界が――私が入れぬちからが働いていたはずなのに。
それを創ったのは私の一族。私の裔。私の――彼の一族。
では。
では――私は
私はどこへ逝けばいいのか――



――モ…トモ――
ぼんやりと、声が聞こえる。
「トモ!しっかり」
「――あ…」
「トモ?大丈夫か?」
「――ごめん、あたし、寝ちゃったの?」
「――あんまり心配させるな、な?」
利幸の顔が歪んでいる。――泣きそうなその顔が愛しい。
また、記憶のブラックアウトだと思った。いや、突然消えている訳ではないのだが―― 途中から夢を見ているような気持ちになって、自分がどこかへ沈んでいくような気がして…
そうして気がついたら、いつもこの状態だったのだ。
でも、今日は、利幸は怖い顔をしていない。心配そうに――自分を見ている。
友美は身を起こした。ダイニングテーブルのそばで倒れていたらしい。というか、眠っていたのか。 普通はそんなところで眠らないだろうから、利幸は心配したのだろうけど――と思って、くすりと笑った。
「なんで笑うんだよ」
「だって私、居眠りしてただけよ」
「眠るならベッドで寝ればいいのに――こんなところで寝てたら、びっくりするじゃないか」
「そうよね、ごめん――あ、今何時?」
「午後5時。たぶん、もうすぐ先輩たち、来ると思うよ。夕方、同窓会の前に寄るって言ってたから」
「そうかあ…行きたかったな。」
「駄目だ。また倒れたのに」
険しい利幸の顔を見て、友美は吹き出した。
「笑うなよ」
「だって、そう言うと思ってたんだもん。絶対駄目だって」
「当たり前だろ」
「ごめんね」
「判ったらいいよ。俺――ホントに心配してるんだ」
「知ってる」
友美はそっと、利幸の口唇に指をあてた。
「だから、聞いて欲しいことがあるの」
「――え?」
「ね、利幸、私、貴方が好きよ。貴方も――そうだよね」
そうして、指を放す。彼の答えは、勿論YES。
「どうしたの」
友美は立ち上がって利幸の手を取り、居間の方へ移動する。2人でソファに腰を下ろして、また利幸を見つめた。
「貴方に言わなきゃって思ってた。――でもなかなか言えなかったの」
「トモ?」
「もしかしたらそれで貴方が私を捨てるんじゃないかって――そうでなくても、貴方の家は私を快くは思ってないもの」
「トモのことをどうのこうのじゃないんだ。知ってるだろ。――女の子とつきあうこと自体が…」
友美がうなずく。
「知ってる。だから怖くて――でも、私、判ったから…貴方が私をとても大切に思ってくれてるって」
「――そりゃ、そうだよ…当たり前じゃないか」
「じゃあ――私、言うことができるわ」
「なんだよ、トモ、どうしたん――」
友美はそっと利幸の手を取り、自分の下腹部に触れさせた。
「――私、子供ができたの…」

TO BE CONTINUED…


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