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LUNATIC DOLL・24

Clouds


「おや、美古都ちゃん、早いねえ」
カウンターの向こうから、マスターが声をかける。美古都はまあね、とつぶやいて、カウンターに寄りかかり、はあ、 とため息をついた後スツールに腰を下ろした。
「疲れたあ」
「みたいだね。何か飲む?」
「じゃ、ミモザ」
「食事は?」
「まだなの。なんか食べたい」
「パスタでどう?ゴルゴンゾーラがあるよ」
「昨日もイタリアンだったんだけど――まあいいや。食べる」
「OK。じゃあ、ちょっと待っててね」
マスターは奥の厨房へ消えてゆく。天神――時々美古都が行くバーである。軽い食事も出来、 雰囲気も良いので気に入っている。話したいときには耳を傾けてくれ、独りでいたい時にはほっておいてくれる、居心地の良い店だ。 シャンソンのBGM。隣人の顔が見えるくらいの照明。そして美味しいカクテル。
今日いちにち休暇を取った美古都は、市役所の記録から母校の名簿まであたって、友美の系図を調べていたのである。 収穫は――無かった。というより、別になんという事もない普通の家だ。実際、よく覚えていないが、友美の両親には高校時代に会ったこともある。 判った事と言えば、友美の父親は東京出身、母親の実家は今彼女たちが住んでいる場所のすぐそばだったということくらい…これはこれで結構重要な事項だったが、――まあそれだけのことでもある。 その利幸の方はといえば、隣県の大病院の息子で――昔からの金持ち。その親族がこちらでも多数の不動産を抱えていて、 おそらくは元々この近辺の富豪だったらしい。まあそれは元から想像していたことだった。 香月家といえば土地持ちとして結構有名だったし、彼らが住んでいるのも叔父のマンションだ。つまり、知っている事を再確認しただけのことだったのだ。
「あーもう、一日中歩き回ってこの程度じゃねえ」
おおかたの資料――本来、密かに保存されていた筈の、過去のあやしい出来事や不思議な事件の記録――は、 今や10年近く前になってしまったあの『暗黒期』に紛失している。恵のように仕事で使えるならば、 他にも当たれる資料もあるのだろうが――後は実際、サイコメトリでもするしかない。
当の友美が住んでいるマンションは明日にでも行くことにしていた。今日は疲れたし、 どうせ見舞いがてら訪ねるつもりだった。同窓会にしても、友美があの状態では意味がない。 かと言って断るわけにはいかないし――招集した連中にはただの呑み事である――うまくいかないなあ、と ぼやいてしまうのも無理はなかった。
「どうぞ」
ミモザが運ばれ、口をつける。いつもながら美味しい。
明日はどうしようか、と思う。――どうせ土曜で休みなのだから、午前中にトシの実家を訪ねてみようか。 隣県だから行くのにはそれほど時間はかからないし、マンションへ行く前に見ておくのもいいかもしれない。 呑み事の前にちょっと友美の様子を見ればいいのだし――彼女をゆっくり観るにしても、今の状態でははばかられる。 哲理がいればなあ、と思って、その考えを頭から追い出した。確かにあいつと組んでいれば、こんなに歩き回ることはないのだが―― 今はその名前を考えるとむかついてしまうのだ。
「うーっ」
カウンターに突っ伏して、また、ため息。
困ったことに、それでも哲理を嫌いなわけではないのだった。むしろ、心のどこかで あいつに頼っている部分がある。今はそんな自分にも腹が立つ。
「あんの馬鹿」
「喧嘩でもしたの」
いきなりの声。美古都は驚いて顔をあげた。見ると馴染みの顔が笑っている。
「やだ、如月さんじゃん」
「こんばんわ」
にっこりと笑って挨拶。
「久しぶり。――最近見なかったね」
「うん。ちょっと締め切りが重なってたんだ」
「へえ、重なるほど書いてるの?」
美古都が茶々を入れる。売れない作家――と自称している変人、というのが、この界隈での、この男の評価なのだ。
「自分で設定した締め切りというものもあるのですよ。美古都ちゃん」
「あは、なるほどね」
思わず美古都も笑った。如月には、見る者が思わず笑ってしまうような、そんな雰囲気があるのだ。
「今日は例の彼女と一緒じゃないんだね」
「ああ、あれ――?うん、ちょっとね。しばらく冷たくしてやるの。」
「どうして」
「だってあいつ――も、良いじゃん、そんなの。それより何、良いお酒呑んでるじゃない」
「ひとつ作品が出来上がったからね。お祝い」
「そっか。よかったね、おめでとう」
「ありがとう。でも、美古都ちゃんは大変そうだね」
「まあね」
「大変だろうけど――当たり前に見えることも、見逃しちゃいけないよ」
「は?」
「それにね、たぶん、思ってるよりうんと怖い目にあうと思うよ」
「――…」
そう言えば、如月は自称『予言者』なのだった。かと言ってpsyだというわけでもないようなのだ。
「それって、予知?」
「予言」
――というのが、彼のいつもの返答なのである。
しかし、それは結構当たっていて…だから恵などは前に一度、サイキックの検定を受けてみたらとも 言っていたのだが、そう言っても彼の答えはいつも「だって僕は予言者だから」なのだった。
「怖い目に遭うって?」
「そう――たぶんね。でも大丈夫。最後には大円団だから」
「それなら良いんだけどね」
美古都にも少しながら予知能力がある。占いをしていた事もあるし、サイコメトリの能力値は 標準のpsyのそれをはるかに上回る――こともある。結構不安定なのだ。訓練次第でコントロールはできるのだろうが、 必要性を感じたことがないのでやっていない。面倒なのだ。
「最近、全然視えなくなっちゃってさ…先の事は判らないのは当然なんだけど。――カードだと 自分はだめだからさあ」
「そうなんだってね」
「うん。まあ…今ちょっと面倒事があるから、ホントは視えたほうがいいんだけど」
主任がpsyだということを見抜けなかったのは、結構ショックだったのだ。
「でも大丈夫でしょ。美古都ちゃんには強い味方がたくさん居るじゃない」
「はは、いつでも味方とは限らないもの」
実際――見逃してくれてはいるが、美古都が仕事を遂行するとなれば、恵は勿論やめさせようとするだろう。 現に釘をさされたし、哲理に至っては…この状態だ。
かと言ってもう引き下がるわけにはいかない。自分自身、友美の状態が気にかかる。 哲理が絡んだ上に恵まで乗り出しているとなっては、おそらく奴ら――魔と呼ばれる者達――が関係しているのかもしれない。 でも、それでも、途中で放り出すわけにはいかないのだ。
それに今のところ、目立った問題は見つかっていない。…奴らは無法に人に害をなすわけではない。 確かにそういう輩もいないわけではないが――基本的に、それなりの「法」を踏んでしか行動できない。 契約、誓い、そんなものに束縛されるのは、人間以上だ。ランクが上の"ものたち"ほど、その制約は大きい。 ――勿論、法を踏んだ上の事であれば、どんな事でも起こり得るのだが。
「駄目だよ。お友達と喧嘩しちゃ。そのままで彼女がどうにかなってご覧よ。後悔するよ」
「どうにかなんかならないわよ。あいつは」
そう、哲理にはそれはやってこない。たとえ哲理自身が望んだとしても。
「殺したって死なないやつなのよ――あいつがどうにかなるっていうなら…それは――」
それは変わってしまうこと。
それは違う。
それは――違う、そんな事は駄目。
突然――
…美古都の脳裏に状景が浮かんだ。荒らされた部屋。倒れたグリーンインテリア。 倒れたテーブル。砂を映しだしたテレビ。大音響で流れるロック。 辺りに漂うのは闇色の障気。うずくまった誰かの姿――それは血にまみれて…その血を愛おしそうに なぞって口唇に塗る…それは――
くすりと嗤う口もと。
それは――その瞳の彩は…
「美古都ちゃん?」
はっ――として、美古都は顔を上げた。全身がひきつっていた。
「ヴィジョンが…」
「…」
「視えたの…でも――そんなのって、まだ…まだそんな時期じゃないのに…」
声がかすれる。異様に喉が渇いていた。
黙って、如月がグラスを差し出し、美古都はそれをぐいっとあおった。
「みえたんだね」
黙ってうなずく。
「――そう」
如月は言うと、美古都の手からグラスを取った。美古都はまだ動けない。
「…だって…」
声が、遠い。
「だってそんな…じゃあ――でも…」
ゆっくりと体が動く。気が付くとふるえていた。
「それは終わりじゃない」
静かに、如月が言った。どこか厳かな声だった。
「それはまだ途の途中。洞窟の入口。困難は試練。苦しみは目覚め。やがて来る朝の鐘への供物」
美古都の目が見開かれる。
「信じて進まねばそこへは行き着けぬ。救いを求めるのではなく、赦しを受け入れよ――それが道。 君たちは水先案内人。かならずや彼らをその先へ導く。」
「それは…予知?」
小さく美古都がささやく。
「予言だよ」
にっこりと、如月は笑った。

TO BE CONTINUED…


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