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LUNATIC DOLL・21

RAIN 2


「あれ、恵ちゃん、なんでここにいるの?」
病院の通用口に見えたのは、栗色の長い髪に雨を滴らせ、傘をたたみかけている少女――いや、 少女と言うにはかなり無理がある年頃だが、どことなくそんな雰囲気を漂わせた一人の女性…――斎 美古都の姿だった。
「なんでって…お前こそどうしたんだよ」
やれやれ、と恵は呟くように言う。ここで美古都が現れたという意味が分からないわけではないのだが、ついぼやきたくなる――そういう顔をしているのだ。この、小悪魔は。 当の小悪魔殿はそんな恵の思惑にはとんと気が付かない調子で、その大きな目を見開いて首をかしげる。
「だってトモが倒れたって聞いたから…――恵ちゃんこそどうしたの?なにか事件?」
「トモの付き添い」
言ってから息をつく。
「トモの…って、じゃあ倒れたとき一緒にいたの、恵ちゃんだったんだ。そうか、それで"ここ"なのね」
にっこりしてうなずく。が、すぐに真面目な顔に戻る。
「ね、もしかしてトモって…なにか恵ちゃんの仕事に関わることに巻き込まれてんの?」
「別に」
守秘義務という程のことではない。が、利幸にも報せないでおいたことを、わざわざ美古都に言う必要もない。
それに――美古都には問題が多すぎる。実際、連中に関わる人間のひとりである(それも公認サイでもない)ことは間違いないし、 余計なことに首を突っ込まれては堪らない。
「ホント?怪しいなあ…なんで恵ちゃんと一緒にいるのよ。通報でも受けたんじゃないの?」
「馬鹿。一般の通報が私のところに来るか。――ちょっと約束してたんだよ。哲理が今度みんなで逢おうっていうから…職場近いし、 話がてらその事を伝えるつもりで。食事でもしようかって話でさ」
ここらへんは事前に哲理と打ち合わせが出来ている。三人で逢っている最中だった、ということにすれば、何の不自然もない…――いや、結構不自然なのだが、無理は無いし、 そうでもしないと、このメンツではすぐそっちの事件だと思われかねないのだ。
「――あ、そ」
しかし、美古都の返事はそれであった。――単に「哲理」という単語を聞いて不機嫌になっただけのことなのだが…。 恵の方は、さらに突っ込んで来ることを予想していたのため、ちょっと気が抜ける。いわく、『哲理が恵ちゃんと会うのにわざわざ2人っきりの機会を逃すなんて――』的な事を指摘されるに違いない、と… まあ、そうなったらこう言う、というところまで相談していたのだった。
「トモの様子はどうなの?貧血だって?」
「まあね…それよりお前はどうしたんだ。」
「やだ、だから――トシちゃんと一緒に御飯食べてたのよ、ゴハン。んでー、携帯が鳴ってどうしたのかなーと思ってたら、 トモが倒れて病院に居るって言うじゃない。それもここにさ。トシったら慌てて出て行っちゃうし、荷物も起きっぱなし。お勘定も ほったらかしでさあ、仕方がないから払い済ませて荷物持ってやってきてあげたのよ」
「利幸はトモと食事の約束をしていたと聞いたが?」
「そーだよ。でもトモが時間になっても来なくってさ。たまたま私と会って、待ってるのも何だから先に始めちゃおうってコトになったのよ」
「先にねえ…」
「だって時間はどんどん過ぎていっちゃうのよ。勿体ないしさ」
「お前だけ食べてれば良かったんじゃないの」
「えー、さすがにそんな非道いことはできませんよお」
「どうせ奢らせるつもりだったんだろ」
「へへへ…でもだれも強制してないもん。それに、結局私が払ってるんだし」
にやにやしながら美古都が言う。人に奢らせる名人とは、この女のことを言うのである。
「で、それよりさ、結局どうなの、トモは」
「――大丈夫ですよ、今はゆっくり眠っておられます」
横に立っていた医師が言葉を拾った。
「あ、せんせーい、お久しぶりっ。――その節はどーも」
美古都がにっこり笑って頭を下げる。
「お久しぶりです、斎さん…お元気のようですね。その後は――お変わりありませんか?…あの方も?」
「元気ですよ。最近は大人しくしてますもん」
「――どうだか…」
ぼそっと恵がつぶやく。
「あ、なにそれ…私はとっても真面目に社会人のOLしてるのにーっ」
「言葉は当てにならないからね。――ま、いいさ。トモは大丈夫だよ。先生もおられることだし。利幸もほとぼりが醒めたら帰させる。荷物は預かっとくから、お前も早く帰りな」
「えー?だってまだ宵の口じゃん。これから遊びに行くとこなのにぃ。一緒行こうよお、恵ちゃん」
美古都は口をとがらせる。哲理あたりが見たら、涙を流しながらいやいやでも呑みにつきあってしまう、可愛らしい顔なのであった。しかし、残念ながら 恵にその魔法は通用しない…
「勝手に行けば?私は忙しいの。利幸も送って行かなきゃならないしね。残業だって残ってるんだから」
「残業…?」
「そ。書類作業の途中で抜けてきたからな。戻って続きを――」
と、口をつぐむ。
(あちゃ…)
「抜けてきたって?」
美古都が意地悪そうな顔で言う。
「だから――トモと約束してて…終わりそうも無かったから取りあえず…」
「でもその後誰かと食事でもする事になってたって言わなかった?」
あくまで哲理の名前を言いたくはないらしい…
「いや、だから食事が終わったらまた仕事に戻る予定に…」
「それはないよ」
きっぱりと、美古都は言った。
「恵ちゃん、そんな事出来ない人だもん。誰かさんとかあたしならともかくさ、妙に真面目だしぃ。第一、あんな真面目な職場で 仕事でも無いのに途中で抜け出すのなんか、大変じゃない」
「いや。そうでもないんだけど――」
既にしどろもどろである。
「やっぱ、トモ、問題有なのね」
「――お前には関係ない」
「意地悪」
「馬鹿。――いいか、お前、自分の立場を考えて見ろ。そうでなくても思いっきりトラブルメーカーだの何だの言われて、おまけに哲理とは いつもつるんで…」
「聞こえませーん」
ぷう、とふくれて言う。
「ともかくさ…」
諦めたように恵は溜息をついた。
「今日は頼むから大人しく自宅に帰ってくれ。食事代は私が持ってもいいし、なんなら車を呼んでもいいから。」
「ま、それはいいわよ。先輩のご命令ですからね。でも、トモの様子がおかしいんなら、私にも教えて。絶対」
「どうしてだよ」
「――どうしても。知っておかなきゃならないの。…心配だし…それに――」
美古都はちょっと声を落とした。
「怖いから…」

 

火が見える。
蝋燭の炎のように、細くて小さな火。
揺らめいて、ふっと息を吹きかけてしまえば、消えてしまいそうな――
哀しい彩をしている。
あれはなに
そばに、小さなぬくもり
湿った土の感触
まわりには呪詛
あれはだれ
どうして居るの
小さな火
それが――消えてしまう
どうして
どうして消える
涙――泪――露――湿気――そして声――
――ならば――やろう…
お前が望むように
その血に連なるものたちへの――を
それは怨嗟の声
でも違うのに
それは祈りの声
だめ
小さな火が揺れる
揺らめいて鳴く
だめ
だめ
小さな火が―――もう――

 

「――斎さん…」
はっと我に返って顔を上げると、利幸が居た。病室から戻ってきたらしい。
「あ、…トモ、どう?」
「寝ています――先生、今日、トモについてちゃ駄目ですか?」
珍しく真剣な、と思わせるような声で、利幸が言った。心配なのだろう。しかし医師は微笑んで首をふる。
「今日の所は帰られたほうがよろしいでしょう」
「でも――でも、あいつが目を覚ました時、そばにいてやりたいんです」
「お気持ちは分かりますが…」
「家に戻って保険証持ってきます。用意もしてきます。だから…」
「そう大袈裟に考えなくてよろしいんですよ。明日目を覚まされたらすぐに退院できるんですし」
「だから!――だからそれまで僕がいてもいいでしょう。邪魔にならないようにしますし、椅子で寝ますから」
「ご心配なんですね」
「当たり前じゃないですか!」
ちょっと赤くなりながら利幸が叫ぶ――それを制して医師が言った。
「お静かに。ここは病院ですよ…――判りました。ではあの病室のベッドを使っていただいて結構です。ただし、保険証は持ってこなくて結構。書類への書き込みも一切されないように」
「は?」
「そして貴方は私の甥という事にしておいてください。いいですか?――この病院の中で自分の名前は言わないように。意味が分かりますね?」
「あ…それじゃ――」
父親の息が、この病院にもかかっているのだ。
「私は心配ありません。でも、この病院にはいろんな方が来られます。いろんな人が通勤しています。私の甥ならば誰も"君の事を人に話したり"しませんよ」
「あ、ありがとうございます…」
「これで良いですか?杜守さん」
医師は振り返ってそこにいた恵に問うた。勿論恵もうなづく。多少苦笑いしながら。
「たくさん甥や姪を作ってもらって申し訳ないですね」
「かまわないと言いましたよ。」
「感謝しています。じゃあ、利幸、お前さんはこのままここにいるんだな」
「は、はい、先輩」
「トモの会社にはこっちから電話しておくよ。明日家に戻ったら、私に電話して――ナンバーはトモが知ってるはずだから」
「判りました」
その背景を…その意味を知ってか知らずか――利幸は恵に頭を下げる。
「お世話かけてすみません、先輩」
「はいはい。じゃ、美古都、帰ろうか」
「ええぇーっ、ホントにもう帰っちゃうのぉ?ぶう」
「送るから。さ、ここは病院なんだから。いつまでも騒ぐわけにはかないよ」
「もう――」
と、利幸が声をかけた。
「斎さん、すみません…その、荷物まで持ってきてもらって…」
「お食事代もね」
「あ、それはっ――払います、あの…」
「ああもう、それは私が払ってやるっていったろ、美古都。」
恵が横から口を出す
「ま、いいわよ。恵ちゃんでもトシくんでも」
くれるもんはもらっとくのが美古都である。
「判った判った――さ、もう引き上げるよ、美古都、先に外に出て車に乗ってな」
「はーい…じゃ、センセイ、またね。利幸、トモの意識が戻ったら私にも連絡ちょーだいね」
「美古都!」
「あーもう、恵ちゃん五月蠅いなあ」
ぶつぶつ言いながら、美古都が外に出る。
恵はほう、と息を漏らし、改めて医師に向かって頭を下げた。
「またうかがいます。先生――トシ、しっかりな」
「はい、先輩…その、御迷惑をかけてすみませんでした…」
「お気をつけて」
にっこり笑う医師と、しきりに頭を下げる利幸に軽く手をあげて、恵もまた、扉の外へでたのであった。

TO BE CONTINUED…


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