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LUNATIC DOLL・20

RAIN


雨が降り始めていた。
昼間、残暑の厳しい中もすとんと抜けたように明るかった空は、夜の闇が降りて来るにつれ、次第にどんよりと曇っていく。 秋と言うには少し早い季節だけれど、もう暦は九月。夜ともなれば涼しい。この季節は天候が変わりやすい。ほんの先ほどまで 明るかったはずの空から、冷たい水滴が落ちてくる。
利幸は雨傘を用意してなかったことに苛立ちながら、信号を待った。
友美が倒れて病院にいると聞いてから、ほんの5分も経たないのに、まるで1時間も信号をまっている様な気がする。 しばらく変わらないのに業を煮やし、結局地下街に降りていく。たぶん、時間差はあまりないのだろうが、 要は気持ちの問題なのだ。
友美が倒れた…――
今、眠っていると言う。
今夜、外で食事をしようと言い出したのは友美だった。最近様子のおかしかった彼女が、久しぶりに見せた笑顔で、 話したいことがあるから食事しようと言ったのだ。やはり体の具合が悪かったのだろうか。病院に行くのが好きではないたちだから (勿論、利幸の実家をはばかっての事もあるだろうけど)あまり言わなかったのが悪かったのか、なんにせよ、街中で倒れるなんて尋常じゃない――
どうして食事なんてしていたのだろう。
疑ってもみなかったのだ。今まで、彼女が約束をすっぽかした事なんか一度だってなかったのに。
思えば思うほど、気がせいて早く走れない。
それでも利幸は走った。
病院は、すぐそこだった。

「じゃあ――そういう事でお願いします」
利幸が通用口から飛び込むように入って来たとき、恵は丁度医師と話している最中だった。
息をあらげて駆け込んで来た利幸を見て、思わず苦笑する。まったく――ここは病院だと言うのに、 どいつもこいつも息せき切って騒がしい事だ、とでも言うように。
利幸は恵の姿を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頭を下げた。
「どうも――お久しぶりです」
「うん。久しぶり。――トモなら向こうの部屋に寝てる。起こさない方がいいから、ともかく静かにね」
「杜守先輩が――?」
「まあね――ちょっと行きがかり上」
言って肩をすくめて、少し笑った。
「あんたといい哲理といい――いいから落ち着きな。もう大丈夫だから」
「いったい――いったいあいつはどうしたんです?」
おろおろと、利幸はそう言った。
「そりゃ最近ちょっと調子が悪そうだったけど――街中で倒れるなんて――何か悪い病気でも…」
「落ち着けって。単なる貧血だよ――先生…」
そばの医師に目配せをする。
医師はうなずいて微笑むと、こちらへ、と手招きした。利幸はふっと息を吐き出し、その後に従う。
「今ぐっすり眠っていらっしゃいますから」
医師は歩きながらそう言った。
「別にどうという事はないですけど、今夜はこのままこちらにお泊まりになられた方が良いでしょう。 同居されてるんですよね?」
「え、あ――いや…まあ、そんなものです」
仕方がない。
「じゃあ、申し訳ないんですが、お見舞いされた後で必要な書類を書いて下さい。まあ、連絡先がはっきりしていれば、 そんなに問題は無いんですが、いちおう規則なので」
「はあ…」
「なに。問題はありませんよ。あちらの方が――と言いながら医師は恵の方を見やった――よろしくと言われていましたし。 身元も保証されているようですから」
「判りました」
本来なら、避けたいところである。利幸の父親は医師会でもかなりの力を持っている。――殆ど金の力なのだろうが、 それでも、こんなところで利幸の名前が出るのは好ましくない。すぐに見つけられてしまうし、 そうすれば、友美と同居している事だってばれてしまう。つまり、強制的に別れさせられてしまうか―― 家に呼び戻されてしまう。それは嫌だった。
「こちらです」
医師がドアを開ける。照明が消されているので、ドアは開けたままにしておいて、利幸はベッドに近寄った。
友美が眠っている。
幾分――頬が青白かったが、それでも特に苦しそうな様子は無く、むしろ安心しているような表情だ。 腕に点滴の管が差し込まれているのが痛々しく、利幸はそっとその手に触れた。
「トモ…」
「いいですか?」
「え――ええ…もう少し、良いでしょうか」
「そうですね、じゃあ10分ほどしたら呼びに来ますので…」
医師はそう言うと、会釈をして、部屋を出ていった。
利幸も慌てて頭をさげ――そして友美の方へ向き直る。
(どうして――)
どうして気が付いてやれなかったのだろう。
貧血だという。確かに最近、ずっとおかしかったけど――それにかこつけて友美を避けていた。 そんなことだとは思わなかったのだ。見当違いもいいところだ。友美がおかしくなってるなんて――
何か悩み事があったのかもしれない。それを話そうとしてたのかもしれない。
(友美――)
早く目を覚まして――いや、今は眠っていてもいい。目を覚ましたとき、元気で明るい、あの友美で居て欲しい…
暗い部屋の中で、利幸はじっとその顔を見つめていた。

「――杜守さん」
「ああ、先生」
医師一人が戻ってきて、恵はやはり、という顔で苦笑する。
「しばらくそばにいさせてあげた方が良いようですから――」
「ご迷惑をかけます」
恵が頭を下げると、医師は慌てて首を振った。
「とんでもない――杜守さんには常々お世話になってるんですから――でも、本当に知らせなくて良いんですか?その――彼女が…」
「ええ」
恵はうなずく。
「――本人から直接、言わせたいので…それに申し訳ないんですが…」
「判っていますよ。――彼はあの香月先生のご子息でしょう。でも、彼女がここに来たって事は、お父上には言わないでおいて欲しい、という 事ですね?」
「ご配慮、痛み入ります」
「いいえ――私も似たような経験ありますしね。親というのはどうしても子供に干渉したがるものですから―― 尤もあそこのお父上は、少々常軌を逸しておられる様な気がしないでもないんですが」
少し笑って医師は言った。
「いくら香月先生の「お触れ」でも、まあ――わざわざ知らせる事も無いでしょう。貴方が関係しておられるということは、 下手すると新聞ネタになっちゃうって事でしょう?」
「それは判りませんが」
恵は苦笑した。
「ともかく、明日朝には退院されて大丈夫でしょう。もう病院には行っておられるらしいし―― お子さんの事は杜守さんにお任せして大丈夫なんでしょうし」
「はい。先生にはご迷惑をかけますが…」
「いえ。貴方が私を頼って来て下さってとても嬉しいですよ」
医師はにっこり笑って言った。
「私の方はいつでもOKです。お役に立ちたいと思ってるんですから」
「ありがとうございます」
言って恵は頭を下げる。このご時世。恵の立場であれば、友美を連れて行くべき処は決まっている。 第0課に指定された、サイキック関係専門の病院でなくてはならない――それでも、 恵はそこを使いたくなかった。いつでもマスコミが事件を探してうろうろしているし、当然、 受付をするならばコンピューターを通じて利幸の父親にも知れてしまう。そして友美は 参考人として――被害者であってもその身体に魔が潜むと診断されれば――扱われる事になるだろう。 それはなるべく避けたかった。それに、遭遇した相手から考えても、なるべく穏便に事を運びたい。
「じゃあ、そろそろ彼を迎えに行きますか」
「そうですね」
うなずいて、二人が病室に向かったとき――
「あれ、恵ちゃん、なんでここにいるの?」
病院の通用口に、美古都が立っていた。

TO BE CONTINUED…


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