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LUNATIC DOLL・19

Call My Luck


 哲理の元に恵からの連絡が届いたのは、9:00を回った頃だった。
普段の状態では、彼らの動向を察知するような能力はない。恵からの連絡を 会社で――いちおう仕事をこなしながら――待っていた哲理は、電話を受け取ると 即座に病院へ向かった。そこは皮肉にも会社から1キロも離れていない町中の、 歩いていける場所にあった。哲理は取るものも取らずの勢いで会社を飛び出し 走っていく。
敦彦は結局どうなったのか。押さえることが出来たのか。友美に何が起こったのか。 無事なのか、――そこまで考えてから、利幸の事を思い出した。今夜は食事をする約束を していたはず、という事は家には帰っていないだろう。おそらくは。しかし、自分は恵に そのことを話していない――だとすれば、今頃彼は友美を待っているか、心配している筈だ。 一応、連絡しておかなければ、と思っているうちに、病院が見えてきた。
正面でなく裏手の救急用の通用門から入ると、入り口そばの待合いソファに、恵が座っていた。 哲理の顔を見るとほっとしたように息をつく。
「早かったな」
「――どうだったんだ?」
「まあ、落ち着けよ」
「これが落ち着いていられるか?!――あ、そうだ、利幸に連絡したか?」
「家には電話をいれたがね、居なかったぞ」
「あいつら、今日は外でメシ食う予定だったんだ。トシの携帯に連絡してやらなくちゃ――で、 結局敦彦はどうなった?うまく捕まえられたのか?」
「落ち着けって言ってるだろう。利幸に連絡するのはもう少し待て。 ここであいつがいきなり来ても、おろおろするのがオチだろ。お前もいいから、まず、座れよ」
言って立ち上がると、恵はソファを指さした。
「ほら、座れ」
ふう、と息を吐き出し、哲理は言われたとおり腰をかける。
「――で、どうなんだ?」
「まず、敦彦のことだが、私が現場に着いたときは遅かったよ。もう立ち去った後だった。」
「じゃ…」
「そうだ。痕跡も殆ど残してない。清掃屋にチェックさせたが、奴のパターンは検出されなかった、というか―― 断定できるだけの数値が残っていない。」
「いつもと同じか…」
「ああ。奴の身柄を拘束する事は出来ない。いちおう申し入れはしておくがね。 ――トモは奴に「触れられた」らしくて、彼女の体にはそれなりの痕跡が残っているから、 そっちの方からだな。だが、これだって僅かだ。奴だという確証にはならない。」
「触れられた?」
「ああ、見ていた人がいるんでね。――何処へ行ったかな…ああ、いたいた」
廊下の先から、ひとりの少女が姿を現した。先ほど、恵と共に友美に付き添ってきた、あの少女である。
哲理の前へ来ると、ちょっと不思議そうな顔をしてから、それからぴょこんとお辞儀をした。
「こんばんわ」
つられたように、哲理も立ち上がって頭を下げる。
「どうも…――葛城と言います」
「田中鈴菜です。」
少女は応えると、微笑んだ。見るものがつい微笑んでしまえるような、柔らかな笑みだ。哲理もつい つられて微笑んでしまってから、顔をしかめた。それを見ていた少女も恵も、くすくすと笑った。
「何がおかしいんだよ」
「笑った後にわざわざしかめっ面するんじゃないよ、お前」
「だって笑ってる場合じゃないだろ」
「今更しかめっ面したってどうしようも無いだろう。――で、鈴菜さん、悪いけれど、この人に もう一度、さっきの事を話していただけます?」
「はい――いいんですか?」
「ええ。関係者ですから。でも大丈夫。こいつは人間です」
その台詞にぎょっとして、哲理は恵の方を見た。恵は軽く微笑んで言う。
「彼女は見者らしいんでね。――普通ならお前を見たら警戒するだろう」
「見者?」
「見えざるものを見る人のことです、鈴菜さん。どうやら貴女にはそれ以上の何かが ありそうですが、今回はおいておきましょうね。とにかくこいつは大丈夫です。まあ ちょっと色々変わったところのある奴ですが、貴女に危害は加えない。私が保証します。」
「はい――判ります。葛城さんは悪い人じゃないって。それは何となく判りますから」
うなずいて、少女は哲理を見た。その透明感のある瞳に、思わずどぎまぎする。もとより 妙齢の少女というものが決して嫌いではない困った趣味のある哲理なのである。あわてて 頭をふると、ともかく座りましょう、と声をかけた。
そして、二人が詳しい話をし始めたのを確認してから、恵はひとり、トモの病室へ向かう。 彼女は救急処置後、すぐそばの仮病室に寝かされていた。運ばれたときはかなり興奮していたのだが、 今は鎮静剤が効いて良く眠っている。顔は青いが、その表情はおだやかだった。少女が手当をしたのが 功を奏したのか、あるいは医者と恵が、子供は無事だと言ったのが効いたのか――
そう、子供は無事だった。いや、むしろ無事過ぎるほどだ。
鈴菜の話では、敦彦はその手を友美の腹部に差し入れているように見えたという…ならば 間違いはあるまい。友美のお腹の子は、魔性に侵されている。あるいは元もとそういう 星の下に生まれついたのか、なんらかの原因で友美の中に宿ったのか――詳しい事は 不明だが、このままにしておくわけにはいかない。魔性だけを取り除く――しかしそれは 恐ろしく高度な技を要求される。それを駆除するとき、奴らはその宿主のいのちも、共に 連れていこうとする。子供のいのちだけではない、友美の命さえもあぶない。
(子供は諦めさせるか…――)
それを友美は受け入れられるのか。
もし――彼女がそれを拒否したとき――最悪の場合、母子ともに闇に引きずられ、堕ちることも あり得るのだ。
(それは避けなければならない)
それは、恵の義務だ。恵だけでなく、この時代に生きる「サイキック」としての使命だと思っている。 哲理も同じ気持ちだろう。そのためなら、どんな事でもするに違いない。
そう、心配なのは哲理だった。――上が今回の事を知れば、哲理の行動は制限される だろう。敦彦たちが動き出したら、哲理は当然マークされる立場にある。それに、 それにもし――上から、「お腹の子供を始末する」ように命じられたら――哲理は当然、 反対するだろう。自分だってそう思う。だが、やらねばならない時もあるのだ。
だが、あいつは決して従わないだろう。
出来るなら、自分もその結末だけは避けたい。それには、事を大きくしてはならない。 できるだけ穏便に、簡潔に――腕のいいサイキックと医者を探して――無事、出産まで こぎ着けねば――…
窓からそっと友美を見る。恵の思惑も知らず、彼女はゆっくりと夢を見ていた。


「――じゃあ、そいつはトモのお腹のなかから、手を引きずり出したんだね」
「ええ、そんな風に見えました。手はその…血にまみれてる様に見えましたし」
では――お腹の子はやはり、魔性に捕らわれているのだ…――
哲理は溜息をついた。
「そうか…」
もう一度つぶやいて、うなずく。その苦悶の表情に、鈴菜は急いで言った。
「でも、あの――友美さんは、とっても綺麗でしたよ」
「は?」
「ですから…その男の人は、すごく気持ちが悪かったし、嫌な感じがしましたけど、 でも、友美さんやその体からは、そんな感じはしなかったんです。少し濁ってはいるけれど、 でも、綺麗な――柔らかな感じです。友美さんのお子さんも大丈夫です。」
言ってから、鈴菜はちょっとしまったという様に口に手をあてた。必要以上に 力を見せるような事を言ってしまった事を後悔しているのだろう。
「――ありがとう…ホントに?」
「え、その、私は専門家じゃないけど…」
「ううん。貴女がそういうのなら、きっとそうなんだと思うよ、鈴菜ちゃん。――大丈夫、 彼女は闇に堕ちたわけじゃない、それは私も…私には判ります」
こくん、と鈴菜もうなずく。
「ただ、どうして彼女の子がそうなったのかは調べないとね――ああ、そうだ、そろそろ あいつにも連絡してやらないとな…」
ちょっと失礼、と断ってから、哲理はPHSを取り出し、利幸の携帯番号を確認してから、 公衆電話を使う。病院内で携帯やPHSは御法度だ。しばらくコール音がなってから、利幸の 不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「もしもし?」
「トシか?」
「え?――あ、葛城先輩?すみません!」
慌てたような声が聞こえる。きっと携帯の向こうで頭を下げているに違いない。
「今、どこに居る?」
「天神ですけど――そうだ、先輩知りませんか?トモの奴、今日、待ち合わせしたんですけど まだ来ないんです。もう2時間以上たってるのに…」
「で、お前は2時間も待ってるわけ?」
「いや、僕も30分くらい遅れて来たんですけど…でも、連絡ないし、会社にかけても、もう出たっていうし…」
「警察には言ったのか?」
「警察?何故です?」
不思議そうな声が聞こえる。まあ、無理もない。待ち合わせに2時間遅れただけで、 いちいち通報していたら、警察はいくつあっても足りないだろう。
「トモな、ここにいるよ」
「え!――先輩、今どこです?!」
「天神。お前さん、大名のあたりだろ。『馬小屋』の中にいるのか?」
「え、ええ…どうして知ってるんです?…確かにそうですけど…」
「まさかメシ食ってるなんてことは無いよな」
「いや…だって…予約してたから、食べないと勿体ないし…」
「はあ?ひとりで食ってるのか?!」
「いや…偶然、ここでばったりあった人がいたんで…一緒に…」
「トモほったらかしてか?」
「だってトモが遅れてるんですよ!――友美を電話に出して下さいよ。」
「それは無理だな。彼女は今、眠ってる」
「眠ってるって…どうしてですか…?」
「それはその――倒れたんだよ。今、病院なんだ」
「な、なんだって――?!先輩!それを早く言って――ど、どこなんですか?! どこの病院なんですか!」
利幸の驚きようはもっともだった。哲理は取り敢えず病院の場所を告げ、食事が終わってから来ればいいと言ったが、 利幸はとんでもない、すぐに行きます、と言うと電話を切った。本当にすぐ駆けつけてくるものか。利幸の場所から ここまでは走って10分はかかる。それまでにつじつまをあわせておかねばなるまい。
それにしても――
彼女が来ないからと言って、そして偶然人とあったからと言って、約束している相手を待たずに さっさと食事をしてしまうというのは…利幸らしいというのか、なんというか――
「電話したのか?」
後ろから恵が声をかけてくる。振り向くと、鈴菜と共に立っていた。
「ああ、すぐに来るってさ。10分もしないうちに来るだろ。いちおう、町中で倒れたってことに しておいたから――話を合わせてくれるか?」
「OK。さて、鈴菜さん。遅くまで引き留めてごめんなさい。送っていきますよ。」
「あ、結構です、ひとりで帰れます」
「駄目ですよ。もう遅いんですから。大丈夫、家の中に入ってきたりはしませんよ」
恵は苦笑した。
「貴女に興味はあるけれど、それはまたの機会にしましょう。――そうだな、哲理、彼女を送ってもらえるか?」
「へ?わしが?」
「うん。利幸は私が引き受けるから。頼んだからね」
「あ、うん。――じゃ、領収はそっちにまわしていいんだな?」
「はいはい。いいよ――じゃあ、鈴菜さん」
「はい。じゃあ失礼します。お休みなさい」
「ええ。それじゃ」
にっこり笑って恵はうなずいた。哲理はちょっと面白くなさそうな面もちだったが、 恵とうなずきあい、そして鈴菜と一緒に出口に向かった。
その後ろ姿へ向かって、恵が軽口を飛ばす。
「――哲理、送りオオカミになるなよ!」
瞬間、バタンという大きな音と共に、哲理は出口のドアと熱烈な抱擁を交わしたのだった。

TO BE CONTINUED…


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