TOPへ戻る
LUNATIC DOLL・17

IN YOUR EYES 2


哲理の会社にとって木曜日は週初めの日に当たる。水曜日が定休だからだ。とは言うものの、 今月は一年の四半期末なので、どうしても定休日に仕事をする羽目になる。実際、哲理自身も、 先週末からなにかにつけ早く帰っていたため、そのツケがたまって水曜日も出社になった。
仕事は嫌いではないが、こうも立て続けに来るとうっとおしい。端末の前にずっと座っていると 頭がぼうっとしてくる。おまけに秋の花粉が飛び出したこともあって、体は超の付く不調だ。 本当は花粉など影響するはずが無い体なのだが――ある友人は昔の状態を体が記憶してい るのだと言う――まあ、人間らしいのに越したことはない。
そんなわけだったので、昼の間、猛スピードで仕事をし続け、定時も過ぎて、今日はなんとか 9時前には帰れそうだと目途が立った頃――電話が鳴った。
「はい、AK設計です」
この時間になると、社員は皆出払っているので、どうしても自分が電話を取る羽目になる。
『あ…あ、すみません、桑田と申しますが、あの、葛城さんを…』
「はい、わたくしですが――あ、トモ?」
『そうです。ごめんなさい、会社に』
友美に声が明るい。土曜日とはまるで違う。
「いいよ。一段落したとこだからさ。どうしたの。あ、もしかして、結果が出たのか?」
『はい!!』
嬉しさの滲み出るような答が勢いよく帰ってくる。
「その声の調子じゃ…ビンゴ、なわけね」
『これから利幸と待ち合わせなんです』
「おお、報告兼お祝いってやつ? ――そうか、ちゃんと言う気になったんだね」
ほっとして哲理は言った。例のことはさておき、これは本人達の問題だ。 それも他人には口の挟みようのないこと。友美が自分で言えたのなら、まずはひとつクリアー出来た事になる。
『ええ、先輩には迷惑をかけましたけど――はっきり判ったら元気が出ちゃって。あ、 今日ヒマならご一緒しません?先輩パスタ好きでしょ。イタリアンの予定なんです』
「そりゃ嬉しいけど――でも遠慮した方がいいんでないのぉ?」
『そんなこと――』
くすくすと笑う友美の声が聞こえてきて、哲理もつられて笑った。パスタは大好きだ。 それに料理上手の友美が行く店は、たいてい美味しい。どうしようかな、と思案する。実は昼もパスタだった。 ま、2〜3日続いたところでかまわないほど好きなのだけど。しかし二人の夜に水を差すことには ならないだろうか。いくら帰れば二人きりとは判っていても、折角の嬉しい報告だ。しかし――
(ううむ…イタリアンか…まともなの食べたいなあ。――ゴルゴンゾーラも美味しそうだし… トマトソースに思い切り辛くしたのもいいし…ワインもここしばらく呑んでないし――この間はビールと カクテルだったし――どうしよう…でもやっぱりこういうことは二人にさせたが良いよね)
「う〜ん、やっぱ遠慮するわ。でも良かったら待ち合わせの前にお茶でもしよか?トモ」
頭の中はイタリア料理で上の空だったがそう言う。それに第一、仕事が終わるのはまだ先だ。
「二人で行っておいでよ、トモ――トモ?」
返事がない。
「トモってば。どうしたの」
たったいままで話していたのに。電話の向こうからは人のざわめきが聞こえていたのに。
「トモ、トモ?――桑田友美」
いらえは無い――そのかわりに、受話器の向こうから、ぞわりとした感覚が伝わってきた。
(――まさか――?!)
「友美、トモ、しっかりして――どうしたの」
電話は空間を繋げはしない。だが電話線を、あるいは電波を通じて、それらはいともたやすく伝染する。 妖気、死気、もののけたち――その気配。
(まさか、またあの発作が?)
「トモ、そこどこなの。今どこにいるの!」
こんな時せめて透視出来ればと思う――『通常の』哲理にはそんな芸当は出来ない。 それどころか読心も念動も――まともなことは何ひとつできやしない。せいぜい、気を感じ、集めることが 出来るくらいのものなのだ。相手が例えば修羅であったり、また恵であったり ――美古都も例外ではあるがそうだ――哲理にひどく近しい、馴染みの深い人物ならば、 その霊気とも言うべきものの方向くらいは判る。しかし友美とは普段付き合っていないし、だいいちそのパワーが小さすぎる。 先日の騒ぎで"あの"気配は覚えていたが、どこに居るか判らないのに探知は不可能だ。
「友美、しっかりしなさい、どうしたんだ――」
哲理がなおも声を張り上げようとしたとき、それが聞こえた。
悲鳴。――友美の、叫び。有り得ざる事を体験したときに人が発する、あの声。
『いやあああああああああ!!』
「?!」
叫びは痛みを伴い、悲鳴は恐怖を伝えている。そこが何処にしろ、友美がなにかの目にあっているのは間違いない。 それなのに、受話器の向こうからはその悲鳴以外、何も聞こえてこない。 ほんの先刻まで聞こえていた筈の人もざわめきさえも消え、ただ悲鳴だけが繰り返される。
『やめて――ああ、ああああああ。ああああああ!!』
「トモ!!」
『 ――哲理か…?』
――ざわ、と空気が動いた。
体中が総毛立っている。
聞き覚えのある、気配。聞き覚えのある声。
「――き…さ…ま…――」
『久方ぶりだ。奇遇という他はないな』
「何故…きさまが…」
その嫌悪を伴う声のなかにひそむのは、甘やかな闇の誘惑。
『彼女は良い母胎だ。珍しく損なわれることなく順調に育っている。私が出てくるのは当然だと思うのだがね。――残念ながらまだ羽化はしていないようだが』
「なにを…っ」
体中の血が逆流し、抑えられない怒りに体が震え出す。母胎?トモが?では――ではあの子は
やはり――
『もちろんそうだとも――お前も気が付いていたのだろう。これは我らがいただくよ』
くっくっと笑い声が聞こえてくる。面白いゲームを楽しんでいるような声。
「なんだと?!」
『たかが母胎一匹に私が出るのも大げさだが…これには院家もお前も関わっているという話だからね――』
「黙れ!――敦彦!てめえに好き勝手はさせん!」
『相変わらず品性のかけらもない喋り方だ――少しは女らしくなったらどうだ?』
「ふざけるな!!」
叫びながら手元のPHSを引き寄せる。体中が煮えくり返っていたが、頭は少し冷えてきていた。恵に連絡して現場に直行してもらうのだ。敦彦のパターンは記録済みだ。市内をくまなく探せば かならず探知できるはず…
『無駄だよ。結界を張った。――そう簡単には見つからない』
呆れたように声がささやく。
「黙れ!協定はどうした。貴様らが勝手なことは出来ないはずだぞ!」
『我らは我らのものを回収しているだけ――おや、…邪魔が入りそうだな』
困惑したような声が聞こえ、電話の向こうに軽い衝撃を感じる。何が起こっているのか、誰かが来たのか――?
「敦彦!そこは何処だ!応えろ!――今から行ってやる――おい、敦彦!!」
ふいに、電話が切れた。後に聞こえるのは、ツーツーという音だけ。
哲理は猛烈な勢いで電話のダイアルを押した。かける先は決まっている。恵のところ―― それも緊急の連絡先だ。恵が居なくとも誰かが居るはずだ。
「もしもし?――もしもし」
『はい、杜守です』
「私だ、――急いでくれ、トモが危ない。敦彦の野郎が出てきやがった。場所が判らないんだ」
『――落ち着け。場所が判らない?』
こんな時なのに恵は冷静だ。いや、相手があの男でなければ自分でも冷静になれる。あいつ――敦彦だけは駄目なのだ。
「そうだ、今トモから連絡があって、話してる最中にいきなり敦彦の野郎が出やがった。結界を 張ってると言っていた。多分、市内、それも天神近辺だと思う、頼む、急いでくれ。 あいつをふんじばるチャンスだ」
『了解。すぐ探査させる。お前は会社か?』
「ああ、だけど私も――」
『お前は動くな』
ぴしゃりと恵が言った。
『こと玖亥に関する限り――お前には一切の行動を認めない。後で連絡する。じゃな』
そして電話は切れた。
判っている――判ってはいる。だが、じっとしていられる程、悠長な気分にはなれない。 思い出して別の場所に電話をかける。院家の別邸。なにも無ければ、修羅が居るはずだ。 敦彦らとのもめ事に出てきてもらいたいわけはないが、それでも何もしないよりはマシだ。
3回ほどコール音が鳴った後、男性の声が出た。
『はい、久隅です』
「…葛城と申しますが、九十九院修羅さんをお願いできますか」
『貴女からの電話を取り次ぐ義務はない』
無愛想な声が応える。秘書だ。哲理を嫌っていること甚だしい。
「頼むよ――大地、急いでくれ、取り次がなくてもいい、敦彦が…」
『若は外出しておられる。電話があったことは伝えておこう』
そして、切られる。
――何も出来ない。
何も、なにもすることが出来ない。動くことが出来ない。この街のどこかで、哲理の仇敵が友人を傷つけようとしているのに―― 判っている。自分の立場も、そしてもし敦彦に向かえたとしても、多分今の自分では何も出来ないままだということも――それでも
哲理の目から涙が出てきた。それは――妖魔の血と同じく、どす黒く紅い彩をしていた。

TO BE CONTINUED…


BACK  NEXT
専用提示版 LUNATIC LINEへ
LUNATIC DOLL TOP