TOPへ戻る
LUNATIC DOLL・10

Another Way



待ち合わせの時間を見て二人は席を立った。
修羅と遭遇した喫茶店からは、歩いて約15分ほどの道のりになる。
「そう言えば、久しぶりなんだよね、あんたと歩くの」
思い出したように哲理が言った。
「最初に言っただろう。そうだな、一年前に会ったときは殆どすれ違いだったからな」
「まあねえ。あの時はお互い大変だったからね」
思い出したように、くっくと笑う。その時、哲理はちょっとした事件に関わっていたのだった。
「あれはお前が悪い。お前とお嬢を人質に取られていたようなものだったからな」
「うん。悪かったよ。…だから今度は、あんたに相談しようと思ってメールを打っただろ」
「どうだろうな。お前が進んで私に連絡するとは思えん。」
「なんだよ、信用しろよ」
「どうだろうな。杜守嬢から言われたんだろう?」
驚いたように修羅の顔を見、そしてため息をつく。
「まあね。なんだよ、まだ私に監視をつけてんのか」
「監視ではない。護衛だ」
「同じ事なんだよ」
ちょっと怒ったような声になる。護衛という名前で、それに仕方のないこととはいえ、気持 ちの良いものではない。それに、今まで気が付かなかった自分にも腹が立つ。
「怒るな。すべて私の思い通りにはいかん。一族の長老会議は、未だにお前のことを奴らと
同じだと思っている――それでも、護衛からの連絡は直接私にだけいくようにしてはいるんだ」
「そりゃどうも」
思わず口調が荒くなる。
「怒るな、と言っている」
殆ど顔色を変えない修羅の声が、少しだけ曇る。
「それに――護衛に付いているのは、夜地だ。あれは元々、お前のものだ」
「怒っていないよ、もう」
苦笑して哲理は言った。
「判ってるよ。あんたに怒ってるんじゃない。気が付かなかった自分に腹が立っただけだよ。 それに、私に監視を付けてるのは、そっちだけじゃないから。いいんだ。それはいいからさ、 その様子じゃ、今回のことも判ってるんだろ」
「まあ、そうだ」
「で、どうなのさ、やっぱり院家とかかわりがあるわけ?」
「ある。というより、これは私の仕事だ。杜守嬢にもそう言うつもりだ」
哲理はもう一度、修羅の顔を見た。
30センチ以上の身長差の上に、端正な顔が乗っている。その表情は、殆ど変わることが無く 平然と哲理を見下ろしていた。
「ってことは、『第0課』を敵に回すのか?」
「場合によっては。そちらが手出しを控えてくれれば、こちらとしては仕事をするだけでいい」
「見て見ぬふりをしろと?」
「そうだ」
「で、罪もない一市民が犠牲になることも?」
「有り得るな」
その口調に迷いは無い。
「奴らを掃除するのが私と一族の存在理由だ。そのためには多少の犠牲はやむを得まい」
「時々あんたを殴りたくなるよ」
「本気でなければ、いつでも殴ってかまわん」
はあ、と息をついた。
「ま、いいよ。その件に関しては恵のやつと直で話してくれ。私は自分のやりたいことをやる」
「そういくかな」
「え?」
「お前の関わっている件は、簡単にはいかないということだよ。まあ、その話は今度だ。
今日は食事を楽しむことだな」
「判ったよ。ともかく、2.3日中に恵と話してくれ。それはかまわないんだね?」
「ああ。判っている」
と修羅はうなずいた。その顔から真意を読みとるのは、どうも出来そうにない。哲理は諦めて 視界の向こうに現れた『みずしろ』の看板を見つめていた。

『みずしろ』は肩の凝らない、しかし美味しいものを出す小さな店である。メニューは基本的に フレンチだが、それが和皿に乗ってきて、おまけに箸で食べられるので、常連にしている客は結構多い。 予約していかないと、ただでさえ狭い店内には、まず座れない。殆どカウンターに座り、 オーナーシェフと話しながら食べる、そんな店だ。美古都と哲理は何年か前から、 この店に行くようになっている。もとはと言えば、当時哲理の住んでいたアパートから徒歩3分で いけたためだったが、一度行って以来、この店の雰囲気や味が気に入ったのだった。
すりガラスのドアを開けると、カウンターに座っていた顔がこちらを見つけた。美古都だ。
「や〜ん、久しぶり〜〜〜」
席を立って入り口へ向かってくる。相変わらず可愛いという形容詞がピッタリだ。 実際の年より3つは若く見える。ふんわりとした茶色の髪。ピンク色の日本人離れした肌。眠たげな目。 笑いの浮かぶ口元。
「久しぶりだなあ」
哲理がいう間もなく、美古都の身体が飛び込んでくる。西洋式で言えばハグというところだ。 ともかくスキンシップの多い二人なのだった。ひとしきり抱き合った後、連れだって席へと移動する。 ほったらかしにされた修羅はどうということもないように、その後に従った。
「う〜、元気だった?最近」
「まあねえ、いつも通りかな。…あ、お前、先月の終わり、どっか傷めたろ。」
「そーなのよお。ちょっと胃を壊して三日間病院にお泊まりさ。」
「どーりで。胃が変だと思ったんだ。何?入院までしたのか」
「まーね。でももう元気だよん。胃も元気!…あ、院家のぼんぼん、ひっさしぶり♪」
そこで初めて修羅に気が付いたようだった…。
「元気そうだな」
「うん!うう、贅沢の匂いがするよ〜。今日は修羅ぽんのおごりだからね(^^) あたしと哲理のデートに割り込んだんだからね、ね?」
「わかっている」
さすがの修羅も苦笑を隠しきれない。
「もう頼んじゃったから、今更変更できないもんね。あー良かった」
にっこり笑ってそう言う。その顔には邪気がない。美古都の得意技である。
「好きなものを食べればいい…――もう頼んであるんだな」
「うん、お先、コレ、いただいてたよ?」
席に着くと、美古都はワイングラスを持ち上げてちょっと首を傾げて笑った。
「珍しく早く着いたんだな」
哲理が茶化す。
「あ、ひっどーい。遅れるのが得意なのは、そっちも同じでしょ。…それに、ひとりじゃ場が
持たなかったんだもん。」
「持たなくても飲んでるだろう、いっつも、斎ちゃんは」
厨房から声がかかった。マスターである。
「どうもマスター、久しぶりですね」
「おう、ホントにな。家が遠くなった途端にお見限りだよ」
「そんなことないですよ。…最近、仕事が忙しくって」
「いいって…で、今日はそちらのお兄さんのおごりかい?」
「ええ、紹介します。私の友人で――」
「九十九院 修です。…よろしく」
哲理の言葉を遮って、修羅が言った。軽く頭を下げる。
(おや…)
ちょっと意外だった。修羅は滅多に名を名乗らない――それに頭を下げることなど、 見たこともない。育った環境のせいか、大抵、挨拶をされても軽くうなずく程度だ。尊大な態度。 尊大な物腰…それは彼ほどの美貌と滲み出る雰囲気がなければ、とてるもなく嫌らしいものに映る。 そういう時に人の反応はほぼふたつだ。…その存在感に圧倒されて引いてしまうか、 魅了されてしまうか――。たまに、そうでない者もいる。例えば哲理やその友人たちがそうだった。
「九十九院さんねえ、変わった名だね、宮さんみたいだ」
そうマスターは相づちをうったが、それに返事を期待していないのは明白だった。 そのまま料理に戻り、時には別の客と冗談を交わしている。ふいに奥からワインを一本、持って現れ
「初めてのお客さんだからね、…それに、斎ちゃんと葛城さんの紹介だ、プレゼントするよ」
と言って置いていった。
「わ、これ、…高いんじゃないの?」
びっくりしたように美古都が手に取る。それを修羅は黙って受け取り、 空になっていた3人のグラスに注いだ。ほのかに染まった透明な液体がゆっくりと注がれていく。
「では、再会を祝して、といこうか」
哲理が言う。
「じゃ、乾杯」
美古都が応えた。
食事が始まった。


「でさ、話って、いったいなんだよ」
運ばれてきた料理をつつきながら哲理は切り出した。
確かに食事は結構だが、このくそ忙しい時期に(そうと判っていながら)呼び出されたのである。
「うん、それはねえ…」
ちら、と修羅の方を見て、美古都が言葉を濁す…が、一息ついて、
「ま、いっか。話すよ。でもその前にさ、今週の土曜、空いてる?」
「あ、それそれ!今日、しいちゃんから聞いたぞ。なに?同窓会するって?」
「へ?なんでしいちゃんと会ってるの?」
「今バイトで、バイク便まわってるんだってさ。かっこよかったよ…てのはいいから、やるの?」
「うん!…ちょっとお、考えるところがありましてねっ。どお?来れそ?」
「まあね。って言うか、元々、こっちもその気だったんだよ。集まりたいなあと思って」
「ホント?…やっぱ哲理だよなあ、以心伝心ってえやつね♪」
「今更何を言ってんだか…。なに?二期の連中にはもう伝えてあるのか?」
「うん、昨日メール打っといたから。しいあとこもちゃんはOK。あと、ゆこちゃんも前から
誘ってって言ってたからいけると思う。国松はダメみたい。仕事があるって。 それと三期の方がとみちゃん、坂下、幸田、それとトモかな」
「へえ…」
(トモが来るのか――なんとも、好都合というか…)
「一期の先輩たちは今日連絡しようと思ってさ、十希子先輩は仕事が終わってから行くって言ってたよ。 小崎先輩も誘うつもりで今日会ってきた。返事は明日だって。だから、後は哲理と恵ちゃん ――杜守先輩だけかなあ…急だから島岡先輩とかには連絡着かないだろうから」
「なんだ、殆どいつもの面子じゃん」
「そうなのよね、…ほぼ全員、昨日国際に居たような人ばっかり――」
と、思わず二人は笑い合った。
「しかし三期が一緒なのは結構珍しいかもな…どうしてまた?」
「うん…それについては後で話すわ。で、どう?行けそう?」
「いいよ。元々その日、こっちでも招集かけようと思ってたんだ。恵は大丈夫。行くよ、絶対」
「絶対?へええ、えらく自信ありげね。ま、手間が省けていいけど。何?招集って」
「ちょっと恵の仕事の内偵みたいなもん。…お前には関係ないから、手は出すなよ」
「やだあ、手を出すって、なによそれ」
「いや、何というか――この間、伊藤の奴に会ってさ」
「伊藤って?あの伊藤?テレキネシスだけがご自慢の、三流サイコメトリスト?」
「まあ、そう言うな…ちょっと町中で一悶着あったんだ。で、釘をさされた」
「なーによ、それ」
「素人が口を出すなって。お嬢にもそう言っとけって」
「なにい?素人?しんじらんなーい!!どっちが素人よ、あのオヤジ!」
「まあまあ。あいつだって曲がりなりにも公認サイキックなんだ」
「公認って、所詮は2級じゃないの。それにあたしが検定受けないのは、 別に実力が無いからじゃないわよ。孫悟空のわっかが嫌なんだもの。そのせいだもん」
孫悟空の輪――と俗に呼ばれるもの、それはサイキック能力制御装置だ。サイキックであると言う ことは、ある意味特殊なストレスを抱え込むことになる。感情をコントロールできない者、 不安定な者は特にそうだ。その能力は主に心の動きに支配されることが多い。 感情の爆発によって能力が解放され、そのせいで甚大な被害が出ることもあり得るのだ。 だから――公認のサイキックには「輪」が義務づけられている。規定値以上の感情の爆発、 それに伴う能力の発露が予想される事態の時、自動的にそれを抑える装置だ。 かと言ってそれは機械ではない。現在の科学では――かなり研究が進んではいるものの―― 爆発的なサイキックパワーを抑えるどころか、サイキックをコントロールする機器さえ、 完全なものは出来ていないのだ。それを抑えるものは「心の鍵」なのである。そう、 強力な暗示によって、爆発の寸前に意識をシャットアウトするようにしてあるのだ。
これが義務づけられたとき、多くの人々が、人権問題だと言って騒いだものだった。しかし、それを 実行に持っていったのは、当のサイキック本人たちだった。彼らは――自分の能力によって、 人々を傷つけ、やがて迫害されることをおそれ、自らその道を選んだのだ。
「私は嫌だもん…それでなくたって、あたしたちには別口で監視が付いてるんだよ? 第一、いつ危ない目にあうのか判らないのに、そんなことしてられないよ」
「はいはい」
(ま、――コイツには関係ないからな…)
美古都の能力が爆発するとき、それはどういう事態になるのか想像が付かない。彼女の一番顕著な ちからは「炎」なのだ。それ故に、いったん火がつけば、本人がたとえ失神してもそれはそのまま 連鎖的に爆発を起こす――「輪」の持つ効果は、ほぼ期待できない。それに、美古都も言ったように 彼女――彼女たちには行政や警察とは別の監視がつけられている。理由は哲理にも関係がある。
それはおそらく一生…ついてまわる。
「で?なにやりあったのさ、あのオヤジと?」
「その汚い言葉遣い、なんとかしろよ」
「哲理に言われる筋合いはないよ〜ん。何?…町中で"出た"とか?」
「まあね、…新天町のど真ん中だったんだ…」
「あ!!判った!…新聞で読んだわよ。あれ、あんたの仕業だったの?」
「人聞きの悪いこと言うなよ…」
言って、哲理はいきなり修羅の存在を思い出し、そちらをうかがった。 …何事もなかったかの様に食事を口に運んでいる。哲理の視線をちら、と横目で受けると、目だけで笑った。
(い…嫌な奴――っ)
「気にするな…私は食べている」
「あ、そう」
今更聞かれてもどうということはない相手だ…――どうせ既に知られているのだろうから。
「そりゃども」
「ねえねえ、あんたの仕業じゃないなら、なんなのよ」
美古都が先を促す。興味津々と言った顔だ。
「だからさ、…私はたまたまそこに居合わせたんだよ。」
「たまたま?」
「そう、たまたま」
「ふうん…」
そう言いつつ、美古都は修羅の方を見やった。気が付いているのだろうが、知らん顔をしている。
「で、たまたまそこに検証に来たのが伊藤だったってわけさ。――お判り?美古都くん」
「ま、いいわ。そういうことにしておいてあげる」
「なんだよ、それ」
「いいって、で、そこで君は何をしたのかなあ?」
「だから…その、喰ったわけよ」
「なになに?」
「喰ったんだって!…"それ"達をさ。おかげで食中たりで昨日一日中、胃が痛かったよ」
「そお。まあ、雑食だからね、あんたは。妖魔だろうが魑魅魍魎だろうが、 中に入れちまえばお手のもんでしょ」
「ひでえ」
「ホントの事でしょ。…言われたくなかったら、喰うんじゃなくて散らすとか、もっとやり方が あるじゃない。そんなこと続けてるとまた"発作"が起きてマークされちゃうよ。ね?修羅ぽん」
「そうだな」
「でも、まあ、いいとしよう。じゃ、かなりの余裕はあるのね、今」
「余裕って?」
「だから、連中に対しての耐性よ。とっ憑かれたりしないよね」
「そりゃ、自重してますから。…美古都と違ってね」
「よく言うわよ」
そこでデザートが運ばれた。哲理は甘いものが苦手なので、美古都にゆずり、自分はビールを注文する。
「ちょっと、何本目よ、それ」
「いいじゃん、どうせ今日はコイツのおごりなんだし、どうせ明日には消化するよ」
「ああそうよね。いいわよね、あんたは。たらふく食べようが腕を無くそうが、関係ないんだから」
「…お嬢」
修羅が低く口を挟む。
「…ごめん」
「いいよ、――ホントのことだし。だからさ、私はいいんだよ。問題なのはお前」
「あたしい?」
「そ。お前の暴発はおっそろしいんだから――伊藤のセリフじゃないけど、 あっち関係には手を出すなってこと。…まさかバイトなんかしてないよな?」
「…」
応えずに、美古都はフルーツを口に運んだ。哲理の目がきつい光を帯びる。
「してんのか…?」
「…」
「こたえなさい、美古都」
「そのことなんだけどさあ…」
デザートをすべて平らげると、美古都はごちそうさま、と言って皿をわきに寄せた。
「ね、哲理――困ってる人がいるわけよ」
「応えなっていってるだろ」
「まあま、せかさないでよ。で、その人はどうしても事を秘密にしておきたいの」
「引き受けたのか?」
「急かさないでって言ってるじゃない。――まだ、"連中"の関係かどうかも判らないの。 ただ、それらしいふしがあるからって事で、私に相談してきたのよ… あんたと私が『バイト』してた事を知っててね」
哲理が眉をひそめる。
「仲間内なのか?」
「それもある。直接じゃないけど――『陵』出身の子に関わる事よ。だから、 私はとりあえず調査を受けたわ。まだ完全に『仕事』を引き受けたわけじゃない」
嘘である。すでに美古都は利幸に確約している。――トモの状態を調査した上で、 もしなにがしかの"連中"の仕業なら、それを除去し、始末するところまで。
「で?」
「だから――あんたに協力して欲しいのよ。危険なら判るでしょ。それに、もし例の奴らなら…」
「ダメ!」
言いかけた美古都のセリフを断ち切るように、きっぱりと言った。
「あいつらに関わるなら、余計に手を出すべきじゃない。…調査の段階ならなおいい。 依頼主に言って断るんだ。――手に負えない、と言ってね。お前もプロなら判るはずだ。恵に報告して任せろ」
それに――美古都が『第0課』の捜査員で無い限り、それは立派な法律違反になる。ましてや公認サイキックですらない――
しかし、そう言われて引き下がるわけには行かないのが美古都の立場だ。なにせもう、前金を受け取っている。
「だから、調査だけで良いのよ。とりあえずはさ。だって――もう引き下がれないもの」
「引き下がれないって…」
「受けちゃったんだから。」
「どういうことだよ」
「前金をもらっちゃったのよ。だからさ、ね、お願い――調査の方だけでも良いから手伝って」
そうすれば、芋蔓式に…と考えていた美古都の目の前で、哲理の表情が変わった。
「ちょっとまて、お前――調査の方だけって…」
「あ、あいや、言葉のあやよ。」
「やる方も引き受けたのか?」
「いや、それはその――」
「どうなんだよ」
ええい、ままよ。
「引き受けたわよ。ちゃんと最後までって。だからあんたに応援を頼むの。 私ひとりでもいいけどそれだと客観的な判断が出来ないかも知れないし――第一、 そこからあの爺さんや敦彦やらが出てきたら最悪じゃないのよ。 あんたがいれば大丈夫だって踏んだのよ。――それに、見たところ、そういう気配は殆ど無いの。 念のためよ、念のために、居てもらいたいのよ」
「冗談じゃない」
「なにがよ」
気が付くと、店の中は誰も居なくなっている。厨房で歩き回るマスター、 そばで働いている幾人かをのぞいて――最初は何人か居たはずの客もみな、帰ってしまったようだ。 修羅は相変わらず何も聞こえないかのように黙っている。
「お前、判ってるだろ。私が微妙な立場にいるって事は。…お前だってそうなんだぞ。 そんな時にどういうつもりだよ。…第一、お前暴発したらどうするんだよ」
「しないわよ!そんなに簡単にするわけ無いじゃない。あんなの、一回こっきりよ」
「判るわけないだろ。どーしてお前はそうなんだよ?! もう少し慎重に物事を見られないのかよ」
「慎重にって、じゃあ、あんたが慎重とでも言うわけ?よく言うわよ!」
「私の話はいいんだよ。――とにかく断りなさい。まだ間に合う。なんの話だか知らないが…」
「もう、いい!!」
美古都は音を立てて立ち上がった。椅子ががたんと倒れる。
「もう哲理なんかあてにしない。…話も聞かないで、頭ッからダメ、ダメ、断りなさい? じょっおだんじゃないわよっ。あたしだってひとりで出来るんだからね。それを頼もうと思ったのに―― 信じらんないわ。ハナから相手にしないなんて――私、ひとりでやる。あんたなんか知らない!」
言うと、そのままバッグを取り、出口のドアへ向かってずんずんと歩いていく。
「あ。おい――待てよ、待ちなさいって…」
慌てて追うが、美古都は振り向きもせず、ドアを開けて出ていった。
「待てよ――美古都」
その後を追って哲理も外へ出る。美古都の肩を掴んで言った。
「私の言い方が悪かったよ。だからさ、機嫌を直せって…話聞くから…」
「触らないでよっ」
哲理の手を払いのける。
「もう結構。こんな町中で話しかけないで。」
「いや、だからさあ…」
「とにかく、あたしはひとりでやるわ。金輪際、哲理に応援なんか頼まない――それじゃご馳走様。 さ・よ・う・な・ら!」
哲理を睨み付ける。そのままぷいっと横を向くと、足早に…殆ど駆け足で、その場を去っていく。
後には呆然とした哲理が残されていた。

TO BE CONTINUED…


BACK  NEXT
専用提示版 LUNATIC LINEへ
LUNATIC DOLL TOP