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LUNATIC DOLL・9

Bottom Energy


「斎くん、何してんの?」
後ろから声をかけられて、美古都はうっと息を詰まらせた。
あけて月曜日。美古都は出社。昼休みになってから、人がまばらになったところで、 会社のPCから役所の方へアクセスしていたのだった。 チェックしていたのはトモたちが住んでいるマンションの図面、確認時の書類、それに二人の係累だ。 本当はトモ自身に会うのが先決だと思ったのだが、どうも嫌な予感が頭から離れない。 先に調べるだけしておいた方がいいと思い、先手をかけている最中だった。
「しゅ、主任、なんなんですかあ」
「いや、珍しく休み時間にPCの前に座ってるからさ、面白いゲームでもあるのかと思って」
「そんなんじゃないです。会社のPCでそんな…」
口ごもる美古都に、あはははは、笑いを返す。
「いいって。僕だって時たま私用のメール出してるから。でも、ゲームじゃなさそうだね」
「ええ」
と言って、美古都はちょっと考えた。主任はもちろん物わかりがいい。 そしてついでに彼ならば、役所の色々な資料にアクセスできるだろう。 美古都のIDでは、閲覧できる資料も限られている。
「お邪魔かな?」
「いえ…あの、桐生院主任は、役所の結構奥までアクセスできましたよね?」
「うん?」
「実は…友達が結婚するらしいんですけど、それで、相手の家系を知りたいらしいんです」
勿論、出任せである。でも、全然嘘、というわけでもない。
「へえ」
「で、うちの会社からアクセスできるだけでもいいから、情報欲しがってて…」
「そう、なんて言う人?」
そう言いながら、美古都の横の椅子に腰をかける。
「香月さん。香月利幸さんです」
「かつきさんね…ちょっと良い?」
美古都の手からマウスを取り上げ、さっさとアクセスしてゆく。しめたな、と思う。
「で、何と何が欲しいんだい?」
「えーと、係累と住んでる家の図面が」
「OK、OK」
次々に資料が現れる。普段こういう仕事をしていない美古都にとっては、有り難いという他ない。
「へえ。…変わった建物だね…」
「そ、そうですか」
「でも、係累と図面なんてさ、どういう事件なの」
え?と美古都は声を出していた。桐生院の視線はディスプレイから離れない。
「事件って…」
「なにか事件に巻き込まれてるんでしょう、このひと…ははあ、香月って、あの香月の一族なんだね」
美古都は目を白黒させるばかりだ。主任に自分のアルバイトの話などしたこともない。 勿論アルバイトは会社で禁じられている。ついでに『サイキック』 (ま、未公認だが)であることも言ったことなど無い。 会社でそれを知っている者などいないはずだ。 会社自体にも、その部門の社員はいるが、F市の支店にはいない。
「あの…」
「アルバイトもいいけどさ、身体を壊すような無茶はだめだよ。 最近は会社が暇だからいいけどね。はい、これで、全部」
にっこり笑って、桐生院はデスクを離れる。
「なんで…主任…」
ほうけたようにまじまじと見つめられ、桐生院は笑って頭をかく。
「カンだよ、カン」
「だって――私、何にも言ってないですよ。どうして――どうしてそう思うんですか」
「僕は、鼻が利くらしくてね」
「は?」
「どうもそういうことに関係してる人は判ってしまうんだ。心が読めるわけじゃないよ。 まあ、あまり嬉しくないけど、病気の人や、害意をもっている人が判るのと同じかな。 これでも前はサイキックの認定も受けてたんだ。三級止まりだったけど。 まあ、それ以上を取っても仕方ないから更新しなかったけどね。」
「そんな…」
言葉が見つからない。
「心配しなくてもアルバイトの件は会社には言わないから。先刻も言ったけど、 身体には気を付けたほうがいいよ。ああ、先刻の資料、早めにどっかに放りこんどいたほうがいい。 午後から本社の連中が来るから。」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
じゃあ、とデスクを去ってゆく桐生院を見つめて、美古都は呆然としていた。 全然気が付かなかったのだ。サイキックがひとり、そばにいたのに。
前はそんなこと、無かったはずだった。少なくとも三級レベルなら、はっきりそうと判ったはずだ。 どうして気が付かなかったんだろうと思う。能力が衰えているのだろうか。 いや、そんなはずはない。五ヶ月前の検診の時に、つてで確認してもらっている。 美古都の能力はMAX時で一級のレベルまで上がる。普段でもそこそこだ。 それに、桐生院主任がここの支店に来てから、まだ二ヶ月たらずだ。
でも――
言いようのない不安がまた、心の中に生まれる。 この状態で、何かあったときに対処できるのだろうか。果たして、仕事を遂行できるのか。
しかし、美古都はその考えを無理に頭から押しだした。不調の時は誰にでもある。 それに、今回は哲理を誘う。彼女は美古都と違って不調は存在しないはずだ。大丈夫――
哲理に会おう。会って、はやく話を進めなくちゃ。
不安は広がっていった。それを無視する。それでも不安は美古都の中で、見えない霧のように漂っていた。

――――――――――――――――――


「すみませーん。バイク便ですう」
通用口から声が聞こえて、哲理は急いで席を立った。一番出入り口に近いのである。 出てゆくと見慣れたバイク便の制服の上に、久しぶりな顔がのっていた。
「あれ?椎ちゃん?」
高校時代の後輩である。最近のバイク便は女性ライダーが増えたが、 まさか知ってる顔に出会うとは思っていなくて、哲理は妙に嬉しくなった。
「ども、久しぶりですね、先輩」
「なんだあ。あれ?この会社に勤めてるんだっけ?」
「いや、バイトですよ。バイト。長期休暇とってる最中なんですけど、 知り合いが事故っちゃって困ってて、まあ、こずかい稼ぎです」
「へえ。でも、カッコ良いなあ」
「ですか?」
にこにこ笑っている。哲理は伝票にハンコを押し、そうだ、と思い出した。
「ね、椎ちゃん、今度の土曜、空いてる?」
「え?土曜の夜ですか?」
「そう、ちょっと集まろうと思ってるんだけど…」
そう言うと、不思議そうに哲理を見る。
「それなら美古都ちゃんから聞きましたよ。同窓会みたいな感じで集まろうっていうんでしょ」
「美古都から…?」
恵が言ったのだろうか。いや、恵には今日美古都と会うことを伝えてある。わざわざ連絡する必要もない。
「そうですよ。ちょっと御飯食べてそれから『SMOOK』に行こうって」
ちがう。昨日のではない。――美古都が自分で勝手に決めたのだ。
「そうか…あいつもねえ」
時々こういうことがある。美古都と哲理は意図せずに、同じ事をしてしまったりするのだ。
予定が合うということならばそれは良いのだが、大抵は身体の不調がうつるという、 情けない形で発現するので、あまり有り難いと思ったことはない。何故かひどく胃が痛むと思ったら、 美古都が緊急入院してたなんて事もあったくらいだ。
「じゃ、これで。どもありがとうございましたあ」
「あ、どうも。…じゃあ土曜日ね」
「はあい」
見送ると、届いた荷物を宛先の人間に渡し、書類にチェックしてから哲理は席に戻った。
美古都に確認しなくちゃ、と思い、手帳にメモしておく。 これで何人かに話す手間は省けたようだった。ラッキーといえば、そうかもしれない。
会社での哲理の席は、裏の通用ドアのそばにある、少し奥まった場所だ。 彼女がここに座る前、三人ほどの女性社員がここに座ったのだが、不思議と長続きしなかった。 皆、身体を壊して短期のうちにやめてゆく――もちろん、仕事はそれなりにハードなのだが、 それだけでは無いのではないかという噂が立った。そこに座ると妙な気配を感じるとか、 異様に肩が凝るとか…まあ、古いビルにはありがちな怪談噺もあって、どうしても女性社員が続かない。 そんなときに派遣でやってきたのが哲理だった。で…もう3年である。
確かに、いる。 というより、そこは溜まり場なのだ。
皆のはきだす瘴気のようなもの、入ってくるもののいろんな想い、 それがここにわだかまって渦を巻いている。普通なら、たしかに数時間座っていたら辛いだろうと思う。 そうでなくともディスプレイと図面とのにらめっこなのだ。 元々、頭の痛い仕事なのである。そこに、哲理は平気で12時間以上も座っている。 確かに途中で席を立つことはあるし、時には営業所中を歩き回ったり、 歌い出したりと騒々しいのだが、それでも良く長いこと仕事が出来るね、と言われる。 要は、慣れだった。ほっておいても"集まる"体質なのである。
「葛城さん、今日、残業どうします?」
定時の鐘がなると、同僚が聞きに来た。差し入れの手配もあるのだろう。
「悪いけど、今夜はちょっと用事があるんだ。もう上がらせてもらうよ」
「わ。早いねぇ。何?デート?」
「はは。女の子とね」
「あっはあ。なんかありがち」
「まあねえ。わたしゃ彼女のメッシーくんだからね」
「やあん。それ死語ですよお」
たわいない会話を交わし、仕事を上がる。本来ならこの忙しい時期、 残業しないで乗り切るのは至難の業だが――土曜に無理をして仕事を終わらせたのが効いたのか、 今日は比較的楽だった。残した仕事の締め切りも、殆どが週末だ。
「じゃあ、お先に失礼します」
「はい。お疲れ」
「おつかれさまあ」
「気をつけて」
さっさと着替えて会社を出ると、一度本屋に寄り、それから待ち合わせの店に向かう。 約束は19:00だから、少し時間があるなと思い、近くの喫茶店に入った。コーヒーを頼んで一服する。
煙草は悪癖だが、どうにも止められない。この身体に効いているとは思えないのだが、 くせというのは死んでも治らないのかもしれないと思う。尤も健康に留意する必要がないから、 積極的にやめようとはしていないのだが。
コーヒーが運ばれてきて、それに口を付けようとしたとき、ふいに向かいの席に誰かが座った。 驚いて視線を向けると、そこにはもっと驚く顔があった。
「…修羅?」
長身。長髪。年齢不詳の、とんでもなく美しい顔。こころなし笑みをふくみ、こちらを見ている。
「久しぶりだな」
「なんで、あんたがここに…――」
「用事があるんだろう」
「…電話すればいいのに」
「面倒だからな。直接来た。悪いか」
「いや…」
まわりの視線が彼に集中しているのがわかる。いやでも目立つ顔だ。 その気になれば気配を消し、目立たないようにすることも出来るのに…今日は全開だった。
「いいけど、今夜は先約があるんだよ」
「斎のお嬢だろう。『水城』に19:00。今夜は私のおごりでどうだ?」
「なに、あんたもいっしょなの」
「悪いか」
「そういうわけじゃ…」
「お嬢は喜んでいたぞ。好きなものが食えるとな」
「…――」
キャッシュな奴だと思ったが、それは哲理も同じ事だ。これで懐具合を考える必要はない。 しかし、いいのだろうか。
「かまわんだろう。話があるのなら、私は聞いて聞かないふりをする」
「心を読むなよ」
「これは失礼」
にやりと笑う。その顔がまた、壮絶に良い。
「まあいいさ。でも、秘書もいっしょなの?」
「車で待たせておく。心配するな」
「あ、そう…」
もう、どうにでもなれという気分だった。美古都がOKならば問題はないだろう。 それに、久々に会えて嫌なわけはないのだ。こうなったら好きなだけ飲み食いすればいい。 どうせしばらくは面倒ごとが待っているのだ。今夜は突入の前の酒盛りといこう。
哲理はため息をついてコーヒーを流し込んだ。 ろくでもない奴らばかりが揃ってしまった様な気がする。RATS!だ。…――ろくでもないことが、起こらないわけがないのだ――。
胸に押し寄せるのは期待と不安。
未来のヴィジョンは灰色だった。

TO BE CONTINUED…


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