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LUNATIC DOLL・8

Tele-Control


F市郊外にあるその建物は、純日本家屋で、広々とした庭がついている。門から玄関まで 結構な距離があり、駐車場は門を入って直ぐなので車を降りて庭を散策するのは丁度いい散歩だった。 彼は運転してきた者を先に返し、少しまわって奥の庭へと歩いてゆく。
庭には秋の風情が漂いはじめていた。無造作に茂っているようで、 実はよく手入れの行き届いているこの庭が、彼は好きだ。木々も、草も、みな寂しげで、 だが馴れ馴れしくはなく、そよそよと風にふかれるまま、佇んでいるように見える。
久しぶりのF市だ。
前に来たのは1年ほど前だった。彼の一族を抜け、 その所在を隠してきた叔父が死んだ時に訪れて以来だ。
叔父は一風変わった人物だった。いや、変わっているのは一族の方かもしれない。 この時代にしきたりや伝統に縛られて存在している。叔父はそんな一族に耐えられず、抜けた。 ――だが、彼は自活のすべなど持たない。出来るのは一族が伝えてきた技と能力に依るなりわいだけだ。 だから、違法と知りつつ、それを続けた。全国を彷徨いながら。 最後に落ち着いたのがこのF市だった。――奇しくも一族の総領たる自分にとって、 ある意味を持つこの地方都市に、叔父は果てたのだった。
彼は叔父が嫌いではなかった。むしろ尊敬していた。 父は父親である前に一族の長として自分に接していたし、母はとうに無かった。 そんな彼に叔父は優しく、家族の温かみを教えようとしていた。だが当時の自分はそれが判らなかった。 今でも――家族という者に対して感慨はわかない。父の後妻に入った継母とその娘である継妹は、 確かに彼の一族として大切にしていたが、それは他の者と同様だった。 特別な気持ちを抱く事が出来ない。継妹は彼の未来の許婚者だった。最初からだ―― その妹が、父とまだ後妻に入る前の継母との間に出来た、いわば血の繋がった実妹だと判っても、 それに変わりはない。そして、そういう意味では叔父も同じだった。 ただ叔父の場合は、若い頃、すさまじいほどの能力を持っていたということで、 彼の尊敬を得ていたに過ぎない。それもある時期を過ぎて下降気味になってからは、 わけの判らない感情をぶつけようとする叔父をうとましく思ったものだ。
(人はね、修羅。能力だけがすべてではないのだよ…)
行方をくらます前、叔父は哀しそうにそう言った。
(お前も今に判る。心の温かさ、それは大切なものだ――"あれら"にも、それは必要なのだよ――)
理想論だと思う。そんなことを考えていては、やつらと対抗することは出来ない。
永い間――本当に、ながい間、彼の一族、一門はやつらと戦ってきた。ある時は政りごとのなかで、 またある時は野で、隠れ、現れ…今に血脈と技を伝えた。
だが、今の時代、それだけではすまなくなっている。
叔父はあの『暗黒期』よりもずっと前、まだ彼が幼かった頃に出奔した。 そして見つかったのは去年。その間、なにも連絡は無かった。死んだ後にも――荼毘にふし、 墓に収まってからも――彼の前に姿を現さなかった。それがこの一ヶ月ほど前から、彼の枕元に立つ。
(修羅――)
そう、彼の名を呼ぶ。
(私は最期に――間違いをおかしたのだ――)
情に流されやすい叔父だった。
(お願いだ。どうか――どうか、あれをおさめてやってくれ――)
叔父がどうしてそれを悔やんでいたのかは判らない。だが、ひとつだけはっきりしているのは、 叔父が彼の一族であり、その仕事の始末は、彼自身が着けなければならないという事だ。 それに、この仕事には、どうやら彼の中でくすぶり続ける人物が関与している可能性もある。 他の者に任せるわけにはいかなかった。だから――来た。ここへ。
「いらっしゃいまし」
声の方を振り向くと、庭が一望できる廊下に、和服姿が見えた。頭を床に垂れている。
「茅(かや)…」
「お父上様よりご連絡がございました。しばらくご逗留なされるとか」
「世話をかける」
「いえ」
そう言うと、和服の主は面を上げる。艶麗たる美女がそこにいた。
彼の父の愛人のひとりであり、一族であり、この地方に在る一門を取り仕切る者だ。
「とりあえず、くつろがせてもらう。何か連絡は入っているか」
「特には――若のお持ちになられたものには、手をふれさせておりませぬゆえ、 しかとは判りませぬが――」
「そうか、判った」
彼はうなずき、そして玄関へまわった。広く開け放たれた玄関のわきには、 幾人かの使用人たちが皆ひかえている。
「ごくろう」
鷹揚にうなづいて奥へはいる。彼の部屋は決まっている。一時期はここに住んでいたこともあるのだ。 案内はいらなかった。ここは別宅も同じ事だ。 そのまま自室――離れの一軒家だが――に入ると、ついてきた者を下げさせ、ゆっくりとくつろぐ。
書斎に入り、運ばれていたパソコンを確認する。留守電は特に入っていない。
急用は無いということだ。一族は伝統を重んじるせいか、どうもこういった機械類は苦手な者が多い。
電話はともかく、ネットワークによる通信などというものに対して抵抗があるらしい。 それより心話の方が早いという者もいる。それは確かだろう。だが、 心話にはかならず主観がつきまとうし、大量のデータを取る場合には不必要な労力がいる。 誰もが彼や彼の側近のように会話を自由に交わすことが出来るわけでもない。
PCを立ち上げ、メールをチェックする。総領として公式なアドレスに来たものは、 自動的に秘書の方へ流れるようになっている。振り分けられ、彼の決裁が必要なものだけがここへ来る。 そちらの方には何もなかった。もうひとつ、彼の私的な――プライヴェートなアドレスをチェックする。
着信、二件。
「ほう」
珍しいことだ。ここにメールが送られてくることは殆ど無い。 このアドレスを知っている者は10人に満たないはずだ。
BOXを開く。送り主を確認して、彼は思わず、苦笑した。

<差出人:玖崖商事>

      件の事件に、関与されぬことを期待する。
      かの者はこちらにいただく。                  玖亥敦彦>

 

<差出人:S.Katuragi

      用事がある。連絡乞う。電話くれ。               葛城哲理>

 

そろいも揃ってご登場か、と思う。やはり、人には任せておけない。
だが、関与するなというのに対して、同意することは出来ない。叔父のためだけではない。 また、哲理のせいでもない。奴らは、敵だ。一族、一門にとって、不倶戴天の敵。 そして人の営みを妨げる、間違いのない、敵なのだ。
彼はBOXを閉じると、そのまま書斎を出ていった。

――――――――――――――――――



店のサービスだというコーヒーを平らげた後、二人はそのまま『カフェ・ド・クリエ』を出た。
食事をする所ではなかったし、あの一悶着があったことを考えると、 どうも長くいるのは気がひけたのである。結局、哲理のアパートへ行くことにした。 外食のつもりだったが、これからのことを相談するとなると、何処でもいいというわけにはいかない。 それに、つなぎを取らねばならないのなら、とりあえずメールで、と思ったのだ。
院家と呼ばれているのは、九十九院家の総領のことだ。名前を修羅という。 そのまま、しゅら、と呼ぶ。とんでもない名前だと思ったら、本名は修(しゅう)というのだそうだ。 ただし、九十九院家では代々の総領は皆「修」だそうなので、結局通称が必要になる。 彼と哲理とは、妙な縁だった。最初は哲理達の通う高校へ教生としてやってきた。 ほんの短い間だったが、いろいろ妙な事件があって、それが終わると共に彼はいなくなった。 次は『暗黒期』の真っ最中だ。それはいわば戦争中に等しかったが、彼は記憶を失っていた。 やがてともかく時期が安定した頃、彼も記憶を取り戻し、彼自身の在る場所へ帰っていった。 そこが、九十九院家だ。通称、院家。どうやらこの家は、代々呪術を伝えるような家らしい、 ということだった。陰陽道らしいということも判ったが、それ以上は判らない。
彼らは一族一門で結託していて、その存在は公にしたくない、とそういうことらしい。 しかし哲理は何度も修羅に会ったし、その家族とも顔を合わせることになった。 尤も、彼の妹は哲理を毛嫌いしているようだったが…。 とにかく、腐れ縁というのが相応しいかもしれない。 なにか大きな事がある毎に、修羅は哲理の前に姿を現す様になった。 哲理としても、事件が起これば修羅と知り合いになっていて損はないのはよく判っている。 それでも、彼は苦手だった。
「嫌いじゃないんだろ?」
と恵は言う。もちろん、嫌いではない。むしろ、好きだ。だが、恋愛感情ではない。
「だったらいいじゃん。友達だろ」
友達、というのも少し違う。無理に言えば、家族のような気がした。 なにか、とても深くて遠くて、余りに近い縁で結ばれている、そんな気がする。
恵に対しては違う。親友だと言う言葉は便利だが、哲理にとってはなによりも重い意味がある。 もし自分を殺せる――消滅させることが出来る者がいるとしたら、それは恵だけだ。
恵でなければ意味がない。
だが、修羅は違う。彼は決して哲理を殺せはしない。それは能力の問題ではない。 能力、というものからいけば、恵など修羅の足元にも及ばない。彼は化け物級だ。 要は感情の問題なのだ。彼は哲理を殺せない。それは本能に近い、と修羅自身が言っていた。 だから哲理は特別なのだと。かれは一族と一門のためなら、親族でも平気で滅ぼすだろう。 だが、哲理には刃向かわない。決して。哲理は――本来なら彼の一族にとっての『敵』に違いないのに。
「もういいからさ、さっさとメールしな。メシ作るよ」
「あ、うん」
修羅のアドレスはPCに入っていない。プライヴェートだからだ。頭にたたき込んである。 それも心理ブロックをしているため、普段は自分でも覚えていない。本当はたいして意味はないのだ。 修羅にとっての敵である者の中にも、彼のアドレスを知っている者がいる。 哲理にとっても――敵である者が。それこそ、哲理が絶対に関わりたくないものたちだった。 彼ら――は、人の群に紛れ込んでいる。堂々と人としての生を送り、人を使い、生活している。
だが、その本性は間違いなく『魔』だ。
彼らは出てくるだろうか、と思う。哲理と修羅が接触すれば、 なにかちょっかいをかけてくる可能性はあった。それでなくともこの地域は彼らの縄張りだ。 ここらで起こる事件に、彼らが関与している可能性は充分に高い。――そう、トモのことにしても、だ。
メールBOXを開く。大量のメールが流れてくる。殆どが趣味でやっている関係のものだ。
それをあとまわしにして、新規の作成をする。文面は簡潔に。

      用事がある。連絡乞う。電話くれ。

それだけを送る。時候の挨拶はいっさいなし。余計なことは書かない。それでいいのだ。
後は待つだけだと思う。修羅が関与しているならそれでいい。 修羅自身はちゃんと公認の『サイキック』としての免許を持っている。問題は無い。
だが、もしあいつらが関係しているのなら――
引っ込むわけにはいかない、と哲理は思った。それは恵には言えない。 修羅にも止められるかも知れない。だが引けない。それは自分の問題だからだ。 彼らは必ず哲理にも触手を伸ばす。この身体を取り戻すために。トモを巻き添えにするわけにはいかない。ならば、決まっている。
哲理は動く。
だが、すべては様子を見てからだ。
台所の方から美味しそうなにおいが漂ってくる。恵は名コックだ。家事はお手の物である。
哲理は嫌な考えを頭から追い出し、ビールを片手に届いていた大量のメールを読み始めた。

――――――――――――――――――


結局、電話は来なかった。恵はまあ、そんなもんさ、と言ったが、哲理の方は少々おかんむりだ。 いつでも連絡してくるように言っておきながら、肝心の時はいないのだ。 じゃあ、電話すればいいと恵は言う。それは勘弁して欲しかった。 直通の電話は知らないし、第一本宅にいるかどうかも判らない。よしんば居たとしても、 回してもらえないのは明らかだ。多分秘書――彼にいつもついている影のような―― は絶対に取り次がない。哲理を嫌っている。有害だというのが向こうの言い分だ。 それはまさしく当たっているので、こちらも言い返せない。ついでに言えば、母親も妹からも嫌われている。 まあ、家族が直接電話に出ることはまず無い。出るのは、秘書か、お手伝い頭の女性だが、 この人は奥様命のような人だから、これまた取り次いだりしない。 つまり、電話に出れば、いないの一点張りか、嫌味を言われて切られるかのどちらかだ。 だから、電話はしない。
で、その夜は恵の作った夕食を食べながらの相談になった。トモの様子を詳しく話し合い、 これからの予定を立てる。かと言ってすべてが予定通りにいくわけではないのだが。 とりあえず、今度の土曜に仲間内でトモの家に遊びに行くことに決めた。トモは心強いだろうし、 恵の方はともかく現場を見てみたいようだった。利幸の動向も気になるという。
「だからさ、トモを慰める役はお前さんに任せるよ」
出来上がった夕食を食べながら、あっさりと恵は言う。
「え、な、何でさ」
メニューは秋刀魚の塩焼きと、くらげと胡瓜の酢の物。それに豆腐のみそ汁。定番だ。
「何でもへちまも…相談持ちかけられたんだろ。大丈夫。 変なのが上がってくるようだったら何とかするし、そう報せる。 トシには――トモから言わせた方がいいんだよなあ」
言ってため息をつき、箸を置いてお茶をひとくち。
「それなんだよ」
うなずいて、大根おろしをつまむ。ついでにビールをちょっとすする。
「まあ、お前さん、説得してみ。トモだっていつまでもうじうじ悩んでるわけにゃいかんだろ」
「そりゃそうだけどさ」
応えると、おかわり、と言って茶碗を差し出す。難しい顔のまま、恵はそれに飯をよそう。
「告白は二人の時がいいだろうからね。あたしらが帰った後でも言うように言いな」
「それが出来りゃ苦労しないって」
差し出された茶碗を受け取る。大盛りだ。
「多すぎるよ、コレ」
口をとんがらせて言うと、
「五月蝿。あんた日頃ものを食べないんだから、たまには黙ってたいらげな」
ぴしゃりと返事が返ってきた。まあ、美味いのだからいいのだが。
「へえへえ。じゃあ、とにかくその時は説得って形で」
「そうだね。それがいい。――…本人が気付いていないなら尚更な」
「うん。それは言えてる。わしの見立てじゃ今ひとつ信憑性ないしね。確認がてら、 慰めておこう」
「じゃあ、他の連中にも話を持ちかけるけど?」
「いいよ。ただし出来ちゃったことはオフレコで」
「そりゃ勿論」
「あ、美古都には明日会うんだ。わしから話しとくよ」
「美古都に?なんだ?呑みか?」
「いや…なんだかわしに手伝って欲しいことがあるらしいけど…あっちだったら止めさせるから」
「そうしてくれ」
食べ終わった茶碗をかさね、箸を置いて手を合わせる。ごちそうさま、と言って食器を台所に運ぶ。 哲理の方はつまみになるものを残して引き上げる。あとはビールが続くまで、だ。
「知り合いに捕まられちゃ、こっちも立つ瀬が無い。 そうでなくとも陵出身は両極端だって言われてるからな。あいつを捕まえたくてうずうずしてる奴もいるし」
「伊藤のこと?」
「ま、それだけじゃない。お前もそうだが、敵が多いってことさ。…それも人間サイドにね」
「そうかあ」
恵が台所でかちゃかちゃといわせて食器を洗っている。なんとものんびりした光景だ。
だがいつ何があるかわからない。それが、今という時代なのだ。
「そうだよ。だから身を慎むように言っておけよ」
「ん。…なあ、恵」
「なんだよ」
「んー。何でもねえ」
くくっと哲理は笑って言った。10年前とさして変わらないこの関係が嬉しかった。 色々あったけど――と思う。本当に、いろいろあったのだけど。
「寝てんじゃないよ。お前、後かたづけくらい手伝いな。お前の家だろ、ここは」
呆れたような声で、恵が言う。
「めんどくさいもん」
笑って、応える。
のどかな夜はすぎていく。
下弦の月がかかっていた。

TO BE CONTINUED…


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