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LUNATIC DOLL・7

Border


日曜の昼下がりの街は、活気にあふれている。 行き交う人々も休日を楽しむことこの上ないような顔をしている。明日からはまた仕事なのだ。 週に一度――或いは二度か――の楽しみを謳歌するべく、忙しく遊び回り、また休養し、その日を愉しむ。 そんな街の喫茶店は、まさしく人々の休憩所だ。やれ買い物だ何だと歩き回り、一息つくためにそこに入る。 それは一服の清涼飲料剤。街の喧騒から離れて、優雅にお茶でも飲もうという気持ちでドアをくぐる。 『カフェ・ド・クリエ』はそんな店だ。
ところが、その喫茶店に今日は無粋なものが取り付けられていた。
「いらっしゃいませ」
ウェイトレスの明るい声とともに、入り口のドアをあけた哲理の前に現れたのは、 ごついアーチ型の機械だった。
「…なんで…」
唖然としてそれを見上げる哲理に、支配人とおぼしき男性が近づき、丁寧に頭を下げる。
「申し訳ありません、お客様。 昨日多少の事故が発生いたしまして、行政の方からこれを設置するよう、指導を受けまして…」
「行政って…『第0課』からですか」
「はい」
「じゃあ伊藤が…」
そうつぶやいた哲理の台詞を、支配人とおぼしき男は聞き逃さない。
「これは…お知り合い、いや、同じ課の方ですか?」
「いや、まあ、そんなものですが…大げさだなあ。昨日の件でしょう」
「はあ、当方はこの通り飲食店でございますし、 お客様にくつろいでいただくためにも仕方がございません。また昨日の様なことが起こっては困りますし」
丁寧に言葉を選んではいるが、要はさっさとくぐれということなのだ。
だが、それはちょっとまずい。
アーチ型の機械がなんなのか、勿論哲理は知っている。 簡単に言うと――とても簡単に言えば、空港などで見られる手荷物検査の金属探知器のようなものだ。 俗に言う『妖魔』系のものに憑依されていたり、体細胞にその因子の濃度が濃いと反応する。 はじき返されることもある。とても小さく、またパワーのないものはそこで消滅することもあるし、 大きいものだと「お帰りをねがう」ように調整されているのだ。 無理矢理通ることもできるが、それは"彼ら"にとってかなりの労力を消費することになる。
そして哲理にとっても。
「そうですか…」
哲理は困った。無理に通れないこともない。 この程度の無能な機械なら、騙すことだって可能だが、やはり気持ちの良いものではない。 かと言ってここで帰ってしまうと、いらぬ不信感を店の人間に植え付けることになる。 この店には結構出入りしている。仕事の休み時間の数少ない憩いの場所のひとつだ。 それに、恵との約束にも支障が出る。
「では、お通り願えますでしょうか」
「はあ、でも、気持ち悪いんですよね。コレ」
それは本当だ。何も哲理に限ったことではない。人というものは多少の"瘴気"は身につけているものだ。 それに、全身にレーザーのようなものが照射されている感覚は、本当に気持ちが悪いのだ。
「左様ですか。しかし…指導もありますので…」
支配人の態度は慇懃無礼というに相応しい。ちらり、と哲理を見た目が、なんとなく嫌悪感を含んでいる。
「そうですよねえ」
つぶやいて、ちょっと考え込む。面倒だが、くぐってしまった方が正解だろう。 うまく身体をカヴァー出来れば、反応はしない。今日一日しんどい思いをすることになるが、 これからは恵との約束の他は、特に用事もない。
「では、よろしいですか」
「…」
諦めてうなずき、そこに足を踏み入れようとしたとき、後ろから声がかかった。
「なにしてんだよ」
振り向くと、恵が仏頂面で立っている。
「あ、恵…」
「そんなもん、くぐるな。まったく…伊藤の奴だな、馬鹿馬鹿しい」
ぶつぶつ呟いて、そのままアーチをくぐらずに店に入ろうとする。それを支配人が遮った。
「失礼ですが――」
なにか言いかけようとする支配人を、恵は黙ってグリーンインテリアのかげへとうながし、 客に見えない位置まできて、ポケットから紫色をした手帳を出した。
『第0課』の特殊捜査員に支給される――いわば警察手帳のようなものだ。
「照会してもらって結構。別件だが重要な調査で動いてる。 昨日の伊藤は直接の部下じゃないが、私の管理下にあると思ってもらっていい。 ここへは調査もあって来たんだ。そっちのも関係者だが、わけあって今まずい状態にしてある。 そんなもんをくぐったら調査に支障が出るんだ。通してもらおう」
一気にそう言うと、支配人を睨む。
「伊藤には私から言っておく。なんなら今連絡してもらってもかまわない」
と、手帳から一枚の紙を破り、照会番号だと言って渡す。
恵の気勢に押され、支配人は、慌てたように頭を下げた。
「判りました。念のため照会させていただきますが…どうぞ、お入り下さい」
にやり、と笑って恵は哲理を手招きし、哲理がそこに行ったた後、ものかげを通って客席へと向かった。
席に腰を下ろすと、あっという間にお冷やとメニューが運ばれてくる。 ふたりがメニューを物色していると、コーヒーが届いた。先ほどの支配人自らの給仕である。
「当店からのサービスでございます。先程は失礼いたしました。確認させていただきました」
慣れた手つきでコーヒーを置き、そう言うと、にっこりと笑った。見事な営業スマイルだ。
「これからも当店をよろしくお願いいたします」
「ありがとう」
ふたりはそう言うと、コーヒーを口に含んだ。美味い。
支配人は一礼すると、奥へと引っ込んだ。
「美味いな。コレ、ブルマンだね」
恵がにやりと笑う。
「わしの方はキリマンだよ。…ここ来るといっつもコレだからなあ。覚えててくれたのかな」
「だろ」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
「余計な事したか?」
ちょっと心配そうに、恵が聞く。
「まあいいよ。毎日来るってわけでもないし。それに怪しまれるよりは、敬遠されてた方がなんぼかまし」
肩をすくめて、哲理が応えた。本当だ。またあの『暗黒期』と呼ばれるような時期が来るとは思えないが、 魔女狩りにあうのはまっぴら御免だ。公認の「サイキック」でない哲理はそうでなくとも肩身が狭い。 『第0課』の捜査員は敬遠されこそすれ、排除されることはない存在だ。そう思われていた方がずっといい。
「しかし、公私混同じゃん」
「嘘も方便だって。それに、そうでもないだろ。お前は確かに関係者だし、 『第0課』にとっては大事な存在だ。それに――」
ちょっと渋面。
「ことによっちゃ、今回のこと、本当にウチの仕事になるかもしれない」
言って、恵は哲理を見つめた。かなり真剣な表情だ。
「何か出たの?」
「『香月』の家は資産家だ。代々庄屋だったらしい。もともとこっちの出なんだ。 今は本家が県外に出てる。ぼんぼんの実家だな。で、こっちの財産は分家の叔父が監理してる。 マンションやら貸しビルやら、まあおさかんだ。」
「それで?」
「一年ほど前に、そのマンションのひとつを改築してる――建ててから、 ほんの三年しか経っていないのにだ」
「三年?」
呆れて哲理が言う。哲理の住んでいるアパートは築30年は経とうという代物だ。 羨ましいというより、勿体ないと思う。
「そうだ。特にどこも老朽化したわけでもない。建てたのは大手の建設会社だ。 こっちに対しても結構丁寧な仕事をする」
そう言って恵があげた会社は、確かに大手だった。建築関係の仕事をしている哲理にはお馴染みの会社だ。 そうでなくとも名前は誰でも知っている。民間の「公認サイキック」が何人も居て、 いくつかの宗派にあわせてきちんとメンテナンスも行っている。
「知ってるよ。そっちの方面も確かだって話だし」
「うん。ところが三年で改築だ。おまけにその工事は新築時の会社を通さずにやっている。 で、改築時の建築確認申請を調べてみたが、どうも変だ」
「変って?」
「いろいろさ。図面を確認したんだが…どうも何か意図があったらしい。"囲って"るんだ。 結界と言うにはちょっと特殊だ。外からは入れるが、中からは出て来れない。それも巧妙にね。 そのための隠し部屋や空き部屋もあるようだ。詳しく調べないとわからないが、 どうも違法の『サイキック』が指示したような気がする」
「違法って…」
『サイキック』の名称は国家試験というものを経た者にだけ与えられる、いわば『免許』だ。 それがないと仕事をすることは出来ない。した場合はそのケースによって罰金や刑が処せられる。 だが「違法」は何処にでもある。こんな世の中でもすべてを管理することは出来ない。 昔ながらそれを生業としてきた者たちもいるし、街角で占いをしている者だって、 時にはそれに抵触するような事だってやる。
現在、建物を建てるときに提出される建築確認申請には、ひとつの条項がある。 それは、誰か必ず公認の『サイキック』を通して、その建物に問題が無いかをチェックするというものだ。 細かい項目に分けられており、役所は役所の『サイキック』がさらにチェックする。 だが、それだってすべてを網羅するわけにはいかないのだ。
「申請に名前のあったサイキックなんだが、どうも名前だけ貸す業者らしいんだ。 何度か見かけた事がある。前に一度、それで問題があって、 そいつの関わった物件をリストアップしてたんだよ。ウチの会社でね。 その中に『香月』の名前があってさ、珍しい名字だし、頭に残ってたんだ」
「それで…」
「で、調べたらそんな感じだ。なにか関係があると思うんだが…そのサイキック、 今はもう免許失効で田舎に帰ったらしい。そっちは多分、表の方が動くと思う。 でも、そいつの仕事にしちゃ、出来過ぎなんだ。そのマンションは」
「じゃあ…」
息を呑む。
「そうだよ。誰か他の――違法というか、未公認のサイキックが関与してる。間違いない」
恵はうなづいてそう言った。そして、すこし困った顔し、言いにくそうにそっと言葉を継ぐ。
「そのサイキックなんだが…どうも、あたしのカンじゃ、院家の匂いがするんだよ。 どうだ?哲理…つないでみてくれないか?」

――――――――――――――――――



家に帰ると、美古都は自分のパソコンを立ち上げた。
今日は大漁だった。とは言っても釣りに行ったわけではない。行ったのは即売会だ。 最近しばらく行ってなかったので、目当ての本を買いまくり、結構散財して帰ってきた。 すぐにでも読みたかったが、取り敢えず明日哲理に会う以上、気を引き締めておかねばならない。 仕事にかかるとなるとちょっと神経を使う。美味しいご馳走は終わるまで待っておくことにしたのだ。 このご馳走は逃げていかないし、そう長くかかる仕事だとも思えない。 すっきり終わらせたら、「アルバイト料」で豪遊するのだ。その時までおあずけ。

  <依頼者:香月利幸>

  <調査対象:桑田友美>

  <6月中旬より異変。ぼうっとしている。神経過敏になる。8月下旬より、夜、徘徊>


今のところ、判っているのはそれだけだ。
ファイルを作ってまとめ、閉じる。まずはトモに会うことだ。それで終われば問題は無い。 もしなにか裏がありそうなら、調べる必要がある。二人の住居、 環境、実家、系譜、最近行った場所、いろいろだ。
(電話しておこうかな…)
トモのナンバーを調べる。あのうちには回線が二つ引いてあって、 二人がそれぞれ独立した電話を持っている。利幸の両親に知られないようにということらしい。 ご苦労なことだと思う。大病院の跡取り息子も大変だ。確認して手元の電話を取り、トモの方にかける。
短く呼び出し音が鳴って、すぐに相手が出た。
「はい…?」
「あ、トモちゃん?」
「はい…」
心なしか、声が弱い。元気がなさそうだ。消え入るような声とはこの事かもしれない。
「あたし、美古都だよん。元気?」
「あ、斎センパイ…」
どうも語尾が弱い。抑揚のない喋り方が、美古都の奥に、小骨のようにひっかかる。
「元気ないね。今何してたの?」
「はあ…別に…なにか御用ですか?」
「いや、別に用なんかないけど」
言ってから、やはり変だと思う。桑田友美とは特に親しい間柄ではないが、 電話をすれば喜んで長電話に応じるような少女だった。少なくとも半年前に会ったときまでは――
「それなら、またにしてもらえますか」
「え、う、うん…どうしたの?調子悪いの?用事でもある?」
「別に――そうじゃありませんけど――…」
やはり、どうもおかしい。
「それならいいんだけどさ、なんか」
なんか、変じゃない?
「じゃあ、これで…」
「あ、ま、待って!!――ね、トモ、同窓会しようと思うんだけど」
電話を切ろうとする気配に、慌てて美古都は叫んだ。
「同窓会ですか?」
「うん。美術部のさ。集まらない?久しぶりにみんなで…」
しばらく沈黙があった。トモなら喜んで『あたし幹事やっちゃう!』とでも言うはずだった。 しかし、その気配は微塵もない。
「いいですよ。いつですか」
「え、うん…そ、そうね、今度の土曜なんかどう?」
「はい。わかりました」
そして、唐突に電話は切れた。
(…変だ――――)
どう考えても変だった。トモは…美古都の知っているトモは、あんな反応はしない。 よしんば調子が悪かったにしても、そう言うはずだ。それに、特に調子が悪いとも言わなかった。 明らかにおかしい。声の調子もどこか投げやりで、勝手にしろと言わんばかりだ。 同窓会を何処でやるのか、何時からやるのか、誰が来るのか、そんなことも聞きもしない。
(会わなきゃ…)
ふと、鳥肌が立っているのに気付く。
本当に、なにか憑いているのかもしれない。でなければ、身体がおかしいのか。 電話でスキャンすることもできたが、あんなに短い時間では無理だ。第一、途方もなく疲れてしまう。
(ホントに同窓会招集するかな)
それもいいかもしれない。あちこちでサイキックとして仕事をしている連中も多い。 美古都の手に余るようなら、その時彼らが気付くだろう。 そうでもないようなら、自分の仕事をするだけのことだ。
(哲理は…)
来るだろうか、と思う。来るのは間違いないだろう。だが、同窓会という名目や、トモのこと―― それに連中がそんな状態のトモのまわりに集まることを、どう思うだろうか――?
(ともかくも、明日だ)
明日夜、哲理に会う。早く話してしまいたかった。なにか嫌な予感がしていた。 あの友美の抑揚のない、消え入りそうな声が、美古都の不安を募らせる。早く仕事に入って、 この不安を払拭するのだ。片づけてしまえばいい。そんな…そんなに――たいしたことじゃない。
きっと、多分――

――――――――――――――――――


「誰からだったんだ?」
電話を切った後に、後ろから声がかかった。利幸だ。そんなことは判っていた。 この部屋には彼と自分以外の人間は存在しないからだ。ふたりきり――いや、 お腹の子をあわせれば三人っきりだ。この世界…この部屋で、彼と子供と三人だけで、 仲良く暮らせればいいのに、と思う。誰も邪魔などしなければいいのに。 ずっと…ずっとこのままで…ここから出ずにずっと――なのに、皆が邪魔をする。テレビの音。電話の音。 電話の相手――そう、私の高校時代の先輩だ。斎 美古都。
「トモ?誰からだったんだ?」
それでも彼は聞いてくる。誰だっていいのに。ここに私がいるのに。私では駄目なのだろうか。 私だけでは。私と、子供と、それだけでは彼は不満なのか。そんなに…そんなに世界が大切なのか。 世界、親、家、村、すべてが大切なのか――?
トモはぼんやりと彼を見つめた。彼は彼だ。大切な人。私の愛するひと。このお腹の子の父親。 誰よりも大切なひと。彼を、もう二度と失うわけにはいかないのだ。 だのに…彼は判ってくれない。親が大切だという。それはそうだ。親は大切にしなければならない。 家が大切だという。それも判る。でも、何故私ではいけないのだろう。 こんなに愛しているのに。彼も私を愛していると言ってくれるのに。
利幸は諦めたように息をつき、視線をテレビに戻した。
彼は壊そうとしている。この世界――この、彼と私とお腹の子だけの小さなささやかな世界を。
何故なのだろう。私はこれで満足なのに。ここに居れば…ここから出さえしなければ安心なのに――
でも、月が私を呼ぶ。
いいや、月ではない。何かが…出ておいでという。 出てきて、彼と私とお腹の子で、楽しく世間に居られるようにしようと誘う。 それは甘美な誘いだ。ずっと――ずっとそうしたかった。彼の両親が、家が許してくれるならば…
私は外に出たい。ここはとても心地よいけれど、子供が育つには小さな世界だ。 子供は幸せにしてやりたい。彼の家に認められなくていいから、彼に愛されて、皆に愛されて、 すくすく育って欲しい。それには、外に出なければならない。でも、外では皆が邪魔をする。 私が出ていくことさえ出来ない。私は出ていけても、私はその中に居るだけなのだ。 そして、私の存在を否定しようとする。誰かが――誰だったか――あの、あやしのにおいのする――
テレビの音がうるさい。
そうだ。同窓会といっていた。昔の友人達が集まるのだ。私の友人だ。 皆、私に子が授かったと聞いたら、どんな顔をするのだろう。彼との子供だ、祝福してくれるのだろうか。
ここから出たくない。ここに居れば安心だ。けれど、ここでは子供は育たない。
子供は育たない
ここに居ては、子供が死んでしまう。ここには、世界があっても、他に何もない。 私が与えてやれるものは限られている。そうだ。外に出なくては。外に。月が呼ぶ。 月の夜は大丈夫だ。彼らが守ってくれる。彼らは私を害さない。私と子供を外に出してくれる。
同窓会に行こう。行けばいい。何かが待っているかもしれない。 それに、昔の友人に会えるのはいい。いろんな事が判る。私がもう忘れてしまったことも、 私が知っていなければならないことも、判る。あれは何という名前だったか――あれも来るのだろうか。 もしそうならば気を付けなければ。あれはきっと子供に害を為す。私から彼を取り上げる。 もう、二度と失うわけにはいかない。世界は、彼と、私と、この子が居ればいいのだ。 そうとも。彼らが私を守る。そして、私はこの人を守る。
「…同窓会よ…」
「え?」
ぎょっとしたように、彼が振り向いた。
「同窓会だって。今度の土曜…斎先輩から…だったの」
「トモ…」
おそるおそる、彼の目が私をのぞき込む。私は嗤った。
「行って来るわね」

TO BE CONTINUED…


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