[HOME]

LUNATIC DOLL・3

BLACK HOLL




  同日、同じ町。

  葛城かつらぎ 哲理 さとりは遅い昼食を摂りに外を歩いていた。
小柄な身体は、仕事疲れのせいか、心なしふらふらしている。 いつもはくるくるとよく動く瞳も、今はむっつりと空一点を見つめている。 笑ってでもいれば愛嬌のある顔なのだが、こうむっつりしていたのでは、その瞳の色もあいまって、 見る人に妙にぶっそうな感じを与えてしまう。――彼女の瞳は左右で彩が異なるのだ。 もっと言えば右目は普通の色をしていない。淡い灰色グレイを通り越して、それは白に近かった。 いつもはカラーコンタクトで誤魔化しているが、今は仕事の忙しさもあって装着していない。
目立たないよう伸ばしている前髪がひどくうっとおしい。 会社の中では前髪をあげていられるが、外ではそうそう危ない真似は出来ない。
  ――暑い。
  何処へいくというつもりもなかったが、ホカ弁を会社の隅でかっ喰らって寝ているよりは、 マックのハンバーガーでもいいから外へ食べに出る方がましというものだ。
なにしろ今、会社は上半期末で、みんな死ぬほど忙しい。ゆっくり食事など出来る雰囲気ではないのだ。 哲理自身、現在午後三時を過ぎて、やっと事務所から抜け出す時間を作ることができた。
うざったい。
真夏でなくなったとはいえ、残暑はまた妙に蒸す。ただ歩いているだけでも、いつの間にか背中に汗をかいている。 いや、それほど気温は高くなくとも、肌にまとわりつく『気』が、ざわざわと騒いで、どこか、心地悪い。
それに比べれば、冷房のきいた会社の方が余程ましなのだが、 それでも外の空気を吸いたい気分は否めない。たとえ、この町の排気ガス臭い――― そして人々の吐き出す様々な『おもい』によどんだ ――空気でも、だ。
(…ふふん)
本当に。この町は、だからおもしろい。
道行く人々の影の中、ビルの合間の小さな路地、いや、大通りに敷き詰められている美しいタイルの隙間にさえ…
        "それら"は、いるのだ。
      嘆くもの。嗤うもの。怒れるもの。哀しむもの。
   人々のいるところに、人々が事を為すところに。――いつも
 それは見え隠れする。
哲理は、そんな中に身を置くのが好きだ。
それらの放つ『気』と人々の『想い』は、ぶつかり合い、重なり合って、いろんな響きを起こしてゆく。
中にはろくでもないものもあったり、小さな害を人に与えるものもある。
だが、哲理はたとえ少々『心地悪』くとも、"そんなもの"にあたって肌をぞくぞくさせながら、この街を歩くのが、楽しいのだ。
――ま、しかし…
ものごとには限度というものがある。
"それ"の密度も、空気の具合も、哲理にとって今日という日はその限度を少しばかり越えていた。
(不快指数全開ってやつだなあ…)
ただでさえ疲労困憊気味なのである。こんな日はろくな事がない。仕事にもミスが出やすい。
上司もうるさく、同僚にもつい文句を言ってしまう。そして、『人』以外のものたちにも…
(くそっ)
喧嘩を売るはめになる。
好きで厄介ごとを背負い込むほど人間が出来ているわけはない。 それなのにまわり中の"ものたち"を引き寄せてしまうのは、哲理の『体質』のせいだ。
そして気づきさえしなければ、そういう『体質』の人間は結構いるものだ。 もちろん、この『時代』にあっては、姿をかくす"ものたち"の方が珍しいくらいだから、 大抵の人間は変なモノを引き寄せないよう[お守り]やら[御札]やらを身につけている。 これも市役所や警察署や保健所で売られていたりするのだから、まさに世紀末である。
(はあ…)
決していつも自分から首を突っ込んでいるわけではない――と、彼女自身はそう思っている――。
思っているのだがしかし、哲理の場合にはその『体質』に加えてさらに『事情』があるのだ。
彼女には[お守り]も[御札]も効果がない。いや、必要としないと言った方がいい。 哲理にまとわりつく"ものたち"は、それでも決して彼女自身に害を与えることはない。 そのくらいの小さなものでは、彼女を傷つけることはできないのだ。その『事情』がゆえに。
哲理は『人ならぬ者たち』からも、同胞であるはずの『人間』たちからも疎まれる存在なのだ。 そして、世のはざまにうごめく"ものたち"は、彼女のまわりへまとわりつく。自身も知らぬ、闇の香に誘われて。 さながら、夜の街灯に集まる羽虫のように。
だからと言って哲理がその"ものたち"をさっさと消していいわけではない。 誰しもが人の死を悼むように、命のないものにも哀しみがある。 むしろ生あるものよりもさらに強い『想い』が、あの"ものたち"を活かしている。彼らもまた、この世界の『法』に存在を許されたものたちなのだ。
  人は、用心しなくてはならない。
  彼らがあげる慟哭に、――彼らの吐き出す怨嗟の声に引きずられぬよう。
そのために国家資格までも設けた『サイキック』(ひどいネーミング)が存在するのだ!!
そう。人はその"ものたち"に、たやすく喧嘩を売ってはならない。その小さな"もの"の声に、誰が、なにが、 どんなものが耳を傾けるのかわからないのだから。
(わかってるんだけどな…)
哲理は大きく深呼吸して、首を横に振った。
…悪い癖だ。いちいち気にしてちゃ、身が持たないくせに。
普段の、調子のいいときなら"連中"のおいたも楽しめるだろうが、今日みたいに蒸し暑くちゃ、 加減もききそうにない。「そう」なったとき責任やら苦労やら厄介なことになるのは自分である。 そう。わかっている。わかってはいるのだが…
むせかえるほどの気。
(ったく。いつまでうじゃうじゃと…)
いいかげんに離れないと吹っ飛ばすぞ、とばかりに体中の『気』を膨れ上がらせた時――
「哲理先輩じゃあ、ないですか?」
すう…と、
やつらが離れた。
今までまとわりついていた"ものたち"の影がすべて、消え――
…その途端――それまでのとは比べものにならないほど重い…『影』と『意思』がその場に溢れ出る。 ここしばらく見たことのないほどの…昏い『想い』の質感…――
(な…っ?)
頭の隅に甦る、白く濁った感覚――。
「先輩ってば。私ですよ…ホラ、桑田です。みささぎ高校の美術部の…」
じれったそうな声が後ろから聞こえてくる。
一瞬の驚き。その後、哲理は顔がこわばるのを必死でかくし、ゆっくりと振り返った。 みれば懐かしい顔がそこにある。高校のクラブの後輩――OB会で何度も顔を合わせた女性だ。
「あ、ああ…トモ…」
「やっぱり!わあ。お久しぶりですねえ。会社、この辺りなんですか?」
嬉しそうな顔には悪意のかけらもない。
――ただ、あるかなしかのかげりが、静かに、そして深く彼女を侵している。
(違う…トモじゃない…でも)
『意思』は人のものではなかった。が、彼女と共にあらわれた。そして今もなお… 
(…いる…)
「トモ…あんた…」
「はい?」
「…いや、何でもない」
思い直して笑いかける。そう、これは彼女自身のものではあり得ない。たとえ友美に何かが憑いているにしてもだ。
「やですねー、先輩ってば。私の顔になんかついてます?」
「目と鼻と口がね」
屈託のない笑みを返す友美に、なんとか話を合わせる。本人が気付いていないのなら、 なにもわざわざ厄介を背負い込むことはない。それに自分は『専門家』なわけでもない。 ただ少し"連中"とかかわりがあるだけの、一市民でしかないのだ。少なくともこの社会の中では。 …後で陵出身のサイキックに連絡を取ってみよう。トモの同期もいたはずだ。 役所仕事にさせると遅い上にうるさいし、後輩連中ならちょっと睨みをきかせればいい。
「先輩?」
「あ、ごめんごめん。なんだか顔色悪いように見えたから。元気なの?」
「おかげさまで」
嘘だ。
(あんな重いもの抱えて…元気なもんか…)
それでなくとも、友美が健康だとは思えなかった。 小麦色だった肌は、今では青白いし、ふっくらしていた面立ちはやつれている。 高校生の頃は健康さが魅力的だったというのに、雲泥の差だ。
「本当?痩せたんじゃないの?」
「もう!高校生じゃないんですよ。…でも確かに、最近ちょっと体重が落ちちゃったけど」
「ほうら、やっぱりどっか無理してんだよ。トシの奴、相変わらず苦労ばっかりさせてんだ」
「そんな…」
弱々しく笑って、それからその表情がくもる。笑顔が徐々に崩れてゆくのが痛々しい。
「トモ?」
「いえ…ちょっと、まあ…」
ははあ。
(原因は、彼氏かな)
友美の彼――利幸とのことは哲理も知っている。一時期同じ店でバイトをしていた仲なのだ。
何を隠そう、友美に利幸を紹介したのは哲理自身である。 まさか一緒に暮らすようになるとは思わなかったが、その利幸が原因で身体を壊されたのでは、 こちとら面子が立たないというものだ。
(…それに、あの『意思』――)
『仕事』をする気は毛頭なかったが(なにしろ大義名分がない限り、それは喧嘩でしかないのだ) ほおっておく気にはなれなかった。 ――あれは、まだ目が覚めていない、、、、、、、、。 それなのにあれほど、、、、の質感まとも、、、じゃない
きちんと確かめた方がいい。――なにかが起こらないうちに。
(ここはひとつ…)
「元気ないなあ。あ、この暑さじゃ気分も悪くなるわな。どう?そこらの喫茶店でお茶でもしない?チョコパフェぐらいならおごってあげるよ」
可愛い後輩の悩みである。おまけに、おそらく自分が紹介した彼氏が原因である。
「いいんですか?」
どこか、すがるような目が、哲理の視界に飛び込んでくる。…弱い。
こういう女の子の視線には弱い。
困っているものには、古今東西、老若男女、正邪善悪を問わずについ世話をやいてしまうのは、哲理の悪い癖なのだが、ほっとくわけにもいかない。
たとえ少々厄介ごとに関わることになっても、仕方がないというものだ。
もちろん、あの『意思』のことは別だ。あれにはかかわらない。かかわれない。
哲理は公認の『サイキック』ではない。自分はもう二度と『仕事』はしないのだ。
(利幸のことだけだ…)
「わしも昼飯まだなんだ。ついでに話、聞かせてよ」
「先輩…」
「トシとなにかあったんだろ。…でなきゃ、なにかあいつに言えないことがあるか。 その、わしで良かったら聞くよ。これでも一応、先輩だし」
こくん、とうなずくと、友美はまた微笑んだ。
ほんのちょっとだけ、さっきよりも明るい笑みだった。
それを見て、チョコパフェだけでは終わりそうにないな、と思いながら、哲理はぽんと友美の背中を叩き、歩き出した。

――自分の存在がどんなに危険で、まわりに災いをふりまくか。そのためにどれだけの人が傷つくか。
それを思い知った今は、その力を表にだすことは、二度としないつもりだった。

友美が笑い返す、それを見つめる。何かの予感がかすかにその身を動かすのを感じながら、 哲理は心の中で祈りの言葉をつぶやいていた。

TO BE CONTINUED…


BACK  NEXT
専用提示版 LUNATIC LINEへ
LUNATIC DOLL TOP