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LUNATIC DOLL・2

MISTRESS




「そいで?君はそのままひっくり返ったってぇわけ?」

  思い切り冷房のきいた涼しい店内で、その日二杯目のオレンジジュースを一口含んでから いつき美古都 みことはそう尋ねた。
大きな、ちょっとだけ眠たげな目が見開かれている。 琥珀の彩。髪も瞳も肌も、日本人にしてはかなり淡い彩だ。幼さの残る顔はロリコン趣味の 男性が見れば泣いて喜びそうである。―――まあ、今日の相手はそういう趣味はなさそうだったが。
「はあ。まあ、そうですね、先輩。」
応えたのは香月 利幸かつき としゆき。美古都の後輩だ。22歳。 後輩と言っても直接関係があるわけで はなかった。利幸の彼女である桑田 友美が、美古都の高校の後輩なのだ。しかし、 仲間内でワイワイ騒いでいるうちに、先輩と呼ばれるようになったというだけのことなのだった。
そう、幼さの残るとは言っても、美古都はもう二十歳はとっくに過ぎているのだ。
「なんだあ。意外と気が小さいんだね、トシって」
くすくす笑って言う。意地悪である。可愛い顔して言うことはいうのである。
「すみません。…気が付いたらもう夜明けって感じで…朝だったんですよね」
「なんだ、夢よ、それ」
あっけらかんと言い放ち、美古都はオレンジジュースを飲み干した。 ついで回ってきた店員にオーダーを追加する。今度は紅茶とチーズケーキだ。遠慮はない。
「今日はそっちのおごりだよね、あたしお腹空いちゃったのよ」
「あ、なんならお食事でも…」
「いい。それは後でね。とにかく話の続きをして。」
二人がこの店に入ってそろそろ1時間がたとうとしていた。利幸の話がしどろもどろなのである。 時候の挨拶からはじまって、機嫌をうかがい、やっと友美の話をはじめたが、さらにぐずぐず言うのである。 …決してジュースやケーキのために、話を引き延ばしているのではないのだ。 そうして45分も過ぎた頃になって、やっと…今日の話題に入れたのだった。
「夢なんかじゃないですよ。ほんとに」
「どうしてよ。トモはどうだったの?血ィべったりつけて帰ってきたんでしょ。 君が倒れたんだったらトモだってどうしようもないでしょ」
「洗って眠ったらしいんです。朝にはちゃんと綺麗になってました。」
「じゃ、幻覚よ。」
「違います!」
なかなかしぶとい。
「血痕はどうしたのよ。だいいちそんな物騒なコトがあって、覚えてないわけないじゃない」
「拭かれてました。トモの奴も体を風呂で洗ったようでした。 …パジャマはそのまま洗濯機にほおりこんであったけど…ちゃんとルミノール反応で確かめました。」
「ああ、そうか、君は医大生なんだったよね」
医大にいるからそういう検査が出来るのかは判らないが、昨今はすべてが狂っていること でもあるし、第一利幸はおぼっちゃまで、県外にある大きな総合病院の跡取り息子だ。コネ だって人よりはあるだろう、と思うと反論できない。
「それにパジャマにはしっかり残っていましたし…」
「それ、人の?」
「いや、犬のらしいです。…研究室にいる先輩に調べてもらったんです。 少なくとも人間のじゃないって話でした。」
「そっかあ」
ちゃんと調べているのである。感心して、美古都はまじまじと利幸を見つめた。 医者の息子でぼんぼんで、優柔不断で気が小さい。(優しいという形容もあるが…)カオだけは結構良いが カオで生活できるわけでなし。実家は金持ちかもしれないが、本人は親の仕送りで食っている。 友美があそこまでして尽くしてやっても、本人はケロッとしている…とまあ、しょーもない、 の印象しかなかったのだが…
(ぼっちゃん、だてに医大生じゃないのね)
「OK、判った。じゃあ、トモが血塗れになって帰ったことはホントだとしよう。でもね、 なんであたしに相談なわけ?そりゃ、つきあいがないわけじゃないけど、これ、 精神科の領分じゃあないの? お医者さまなら君のお父様だって先輩だって、より取りみどり、ってやつでしょう?」
「いいえ。…その、医者は…まずいんです。」
「へ?」
「俺の父親、地元じゃ結構大きな病院やってるし…医師会のお偉いでもあるし…なんか、医者に行く度に連絡はいるし…その、ばれるとまずいから…トモのこと…」
「まずいって…ご両親には秘密なの?まだ?」
「ええ…」
上目遣いで。
「全っ然?」
「はあ…」
申し訳なさそうに。
「へえーっ。一緒に暮らしてんのに。良く気付かれないもんよね。信じらんないわ。なに?ばれちゃまずいことでもあるの?」
興味津々。他人の不幸は密の味。、いや少し違うか。ともかく興味津々なのである。 OLというのは、多かれ少なかれ、こういう話は嫌いじゃない。美古都も勿論、例外ではない。 そして、生け贄となった哀れな大学生は、おねーさま相手に必死で身の上話をすることになるのだ。
「斎先輩もご存知でしょうけど、俺の実家って医者で、それも…旧家ってやつですか?そういう感じなんですよね。 で、そのせいかどうか知らないんですけど、俺、小さいときから女の子といっしょに遊べなかったんですよ。 オヤが許さなくって。なんかさわりがあるって言うんですよね。 だから彼女が出来たのもこっち来てからだし、一緒に暮らしたのもトモがはじめてで…だから俺、 できればなんとかしたいんですけど、なんか俺が女とつきあうの、異様にいやがるし、 女と暮らすのなんかもっての他って感じなんです。婚約者はオヤが決めるって 思ってるのかもしれないけど。…だから面倒くさいんですよ、まだしばらくはガッコあるし… 今になって呼び戻されるのまっぴらだし…」
「ふーん」
ちょっと過保護なのかな、と思いながら、美古都は紅茶を飲む。 チーズケーキはもうなくなっている。利幸の言葉はどうも要領を得ない。 かったるい、という感じだろうか。
「ま、仕方ないんだろうけど。でもこのままにしておくわけにもいかないでしょ。どうするの? 区役所の『第0課』にでも行く?紹介ならしてあげていいよ。高校の同期がいるしね。 でも、あそこだと、恰好の地方新聞ネタだろうけどね。プライヴァシーないもんね、あそこ」
「ええ…そうなんです…」
昨今の情勢においては、度重なる「心霊的オカルト犯罪」多発のため、 各自治体に『かけこみ寺』的な窓口が設けられている。人呼んで『第0課』。 誰かがダイレイカイをもじって冗談でつけたのに、あっという間に広がって、 今では公称に近い。区役所に行ってもちゃんと、『第0課』の札がかかったスペースが存在している。 しかし、最初は好評だったこのシステムも、そこに集まるマスコミ(幽霊やらの事件というものは、 こんな時代でもどんな情勢でも、人の心をくすぐるものらしい。おまけに残忍な手口が相次いだから、 ネタ切れになったワイドショー番組の取材陣がうじゃうじゃ集まってきていて、 警視庁クラブならぬ『第0課』クラブなんてのもできたぐらいだった)に発見され、 知られたくないことも何もかも、一から十まで暴かれて、失業したり縁談を壊されたりする被害者が続出して以来、 信用性がうすれてしまった。いわいるプロ――拝み屋も術者もESPも霊能者も含めて、そのケースに合わせて相談解決にあたるもの。 スペシャリスト。国が認可し(なんと国家資格試験まであるのだ!)公的機関から派遣される『サイキック』――の評判は、 その仕事が確実で低料金(何故か健康保険がきくのだ)であるにもかかわらず、決して良いとは言えなかった。
「親にばれるの怖さで医者に見せないってくらいだもんね。あっちにいっちゃあ、マスコミになんて書かれるやら…」
「斎先輩のおっしゃるとおりです。だから…その…ご相談しに来たんです…」
「相談?紹介はまずいんでしょ」
「ええ…」
「じゃ、なによ」
「…その、公的機関以外の、プロに、お願いしようと…」
「プロ…ってぇ…」
言いながら、気の乗らない様子で4杯目のカフェオレに口をつける。 お茶請けは小さなチョコケーキだ。ふたくちで入ってしまうくらいだが、 食事の前ならこれでちょうどいい。しかし利幸の言い出す内容によっては、 食事はキャンセルしなけりゃな、と思った。ちらりと利幸の方を見ると、 思い詰めた表情でくちびるをかみしめている。カオはいいのだ、カオは。…問題はこの要領の得ない喋り方だ。
「斎先輩」
「なんのことよ、プロって…」
と、うそぶく。
美古都は中堅どころのコンピューター関係の会社に勤めている。短大を卒業して、 いくつか会社を移ったのち、今の社に落ち着いた。プログラマーだ。週休二日で給料はそこそこ。 バブルが弾けて以来、連日の残業も泊まり込みというものもなく、月末や〆前に少々手こずるぐらいだ。 仕事もそうたいして難しいということもなく――頑張ったからと言ってなにがどうなるわけでもない―― なにより事務所が明るくて居心地がいいのが気に入っていた。まあ、普通の、 どこにでもいる技術系OLというやつだ。ただ、前は――世界が豹変したばかりの頃はとくに――ちょっとした『特技』で 『アルバイト』もやっていた。そう、利幸の言う「プロ」とはおそらく、その『特技』のことなのだ。
「トモから…聞いて…」
あの、お喋り女めえ!…と、心の中で舌打ちする。国家資格のない「サイキック」は、 そういう事件にかかわってはならないのだ。それは法律が定められている。 有段者が人を傷つけてはならないように、或いは警官以外のものが拳銃を所持してはならないように――だ。
「はあ?」
「斎先輩が…その、葛城先輩と組んでやってる…」
「はい、そこまで!」
きっぱりと、利幸の言葉を遮って、美古都は手のひらを前につきだした。
指が五本。 (当たり前だ)
「事情はよーく判った。でもね、今はそれ、やってないの。ほら、こっちでも『第0課』が出来てから 規制きびしいし、資格もってないと関われないのよね。警察に見つかっちゃうと、罰金ものだし、 下手したらもっと危ないしさ。だから、まあこのくらいはね…」
「あ、あの、このくらい…というと…」
「そう、このくらい」
にっこり笑って。
「いつつ…ですか…」
「そ」
「それだと…五十万…てことなんですよね」
「は?」
一瞬、あっけにとられ、口をぽかんとあけてしまう。――五十万。ごじゅうまん。…まさか五十万銭ではあるまい。…つまり…
「あ、あ、すみません。その…相場なんか知らなくて、俺…五百万ですか?それだと一括は無理だから分割で…ローン、ききます?」
焦った様に言いながら、両手を使ってひいふうみい…いや、電卓で計算している。 電卓持ち歩いてるなんておばやんだな、と思っていたが、よく見ると小型のノートPCだ。そうだった。利幸は、 この男は金持ち坊ちゃんなのだ。美古都とは金銭の感覚が違う。いやいや、普通の人とも違うかもしれない。 いくら相場を知らないとはいえ、資格もない30前の若造に払う額として五百万が適当かどうか。 それは書き手にも判らない。が、少ない経験から言って、五十万だって多いだろう。 仕事を見積もってさえいないのだ。ともかく、美古都が提示したつもりの額は、その百分の一。―― つまり、五万円であったのだ。もちろん、『仕事』の程度によっては、終了後、それなりの金額を要求する。 だが、所詮は無資格、無免許。実戦経験は豊富でも「お墨付き」のない自分には、そのくらいの 額で充分だと思っていた。それがどーしてこうなるのやら…しかし、裏を返せば…
(棚からぼたもち…。やっぱ金持ちは違うーっ)
「あの…先輩?」
「え?あ、ごめんなさい。利幸
にっこりと、極上の笑みを浮かべる。言葉使いもあらため、テーブルの下の手はモミモミ状態である。
お客様は神様なのだ。(…しかしキャッシュな女である)
「その…お願い出来るんです…よね…。あいつを…もとに…戻して、もらえんますよね…」
すがるような目で訴えて来る利幸に、美古都は脳天気にも、どーんと胸を張って応えたのだった。
「まっかせて頂戴。このあたしが、必ず友美をもとに戻してみせるわ。妖魔だろうと、怨念だろうと、幽霊だろうともってこいよっ」
怖いもの知らず、ここにあり。
しかしともかく、こうして美古都の『事件』は始まったのだった。

TO BE CONTINUED…


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