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ショートストーリー
くらげの恋

GEOでご活躍されているとらおさんよりいただきました(^o^)
とらおさんは「くらげの部屋」にしょっちゅう遊びに来ていただいているだけでなく、 ご自分のWEBにもくらげを置いて下さってます(^^)
そしてとうとう、くらげ話まで!有り難うございます!!



なお、横のcutは2000記念に田中鈴菜ちゃんに捧げたものです。
くらげの恋



 運命に逆らう、とはどういうことだろう。
 そもそも、運命などというモノが存在するのか?
 努力を怠り、自ら何も動こうとはしなかった者の、言い訳にすぎないのではないか?
 海面近くをローリングクラゲは波の揺れに身を任せたまま、考えていたのだった。
 海は深く、空の高さは計り知れない。
 ローリングクラゲ、いつの間にか彼は仲間内でそう呼ばれていた。
 波に身を任せて漂っていることが多いからだ。こんな時彼は、考え事をしている。全神経を脳細胞に集中させるため、身体を制御できず、ゆらゆらと波にもてあそばれるままになっている。
 そんな彼が、人間に恋したのは、7月の終わり頃だった。
 しずかで平和だった海岸が喧噪に包まれ、にわか仕立ての仮設小屋が解説された。「海の家」と書いてあるが、読めない。
 少女はそこで、給仕をしていた。
 長い髪が風にそよぐ。パレオのついた水着と、ワンピースとをほぼ毎日交互に着ていた。急な日焼けは肌に悪いらしく、肌をさらす日と、そうでない日を区別しているらしかった。服が2着しかない、というわけではないようだ。それが証拠に、パレオのない水着の日もあったし、ショートパンツにブラ、という日もあった。ワンピースも何種類か持っているようだった。どれも膝丈くらいのフワリとしたスカートだった。
 毎日、次から次へ違う人がやってきて、彼女からジュースやかき氷やカレーライスやらサザエの壺焼きを受け取っていた。
 同じ海の仲間なので、サザエの壺焼きを目にすると、ローリングクラゲは少し悲しくなった。
 そのことを彼は、クールクラゲに告げたことがある。
 「馬鹿なことを言うなよ。俺達だって、モノを食う。食べなくちゃやっていけないんだよ。それが命あるモノの定めなのさ。」
 クールクラゲはいつも正論を言う。だから、誰もがそれで納得してしまい、そのあと会話が続かない。
 もちろんクールクラゲ自ら、新たな会話のネタを探そう何てことはしない。彼がクールと呼ばれるゆえんがそこにある。
 「急げよ」と、アルコールクラゲが言った。
 別に酔っているわけではない。少し赤みがかったその容姿から、そう呼ばれているだけだ。
 「お盆をすぎれば、俺達の仲間は急に増える。ライバルが出現しても困るだろ」
 そのとおりだと、ローリングクラゲは思った。
 僕の他にも彼女に目を付けるやつがいるかもしれない。そして僕は引っ込み思案だ。きっと先を越されるに決まっている。
 「早いうちに、告白してしまえ」
 ローリングクラゲは、うんうんその通りだねと頷いたが、それが出来れば苦労はないよ、と思ってもいた。
 問題がいくつかあった。
 まずひとつには、コミュニケーション言語の問題だ。
 僕は人間語を解さない、そして彼女もおそらくクラゲ語は知らないだろう。
 しかしこれは何とかなる、とローリングクラゲは思っていた。
 言葉を越えた愛情表現は存在するはずだ。態度で示せばいいのだ。きっと、わかりあえる。
 もうひとつは、彼女に近寄ることが出来るかどうかだ。海の中から彼女を見つめていても、彼女に気持ちは伝わらない。かといって、陸に上がれば途端に自分は干からびてしまう。
 そして最後に、愛が実った暁には、どうやってお付き合いをするかだった。
 これらの問題を解決できないまま、ふいに、告白するチャンスがやってきた。
 給仕しかしなかったはずの彼女が、海に向かって歩いてくる。
 「休みの日くらい、のんびりしていたらいいのに」と、海の家の奥から、がらがらの声が聞こえた。
 「海に来て、泳がないのも悔しいから。心配しないで、忙しそうでもお手伝いなんかしないから」と、彼女が美しい声を響かせた。
 クラゲ一の美声といわれるオルゴールクラゲより、数倍美しい声だと思った。波間に浮かんだ貝殻どうしが、ランデブーの最中にぶつかり合うようだなとローリングクラゲは思った。
 会話の内容は、わからないけれど、彼女が海に入ろうとしているのは確からしかった。
 チャンス、今しかない。
 この機会を逃してはならない。告白するのだ。
 ローリングクラゲは、ゆらゆらと彼女に近づいた。この時ばかりはいつものローリングではなくて、4級小型船舶なみに敏捷さだった。
 そして彼は告白した。
 「キャー、痛い、クラゲに刺されたあ!」
 どうやら彼の告白は、受け入れられなかったらしい。彼女の顔が歪んだ。
 「まだお盆にもなっていないというのに、なあ」と、がらがら声が、同情して言った。
 お盆をすぎたらクラゲが出るから海に入ってはいけない、人間世界ではそう言われているのだと、インテリクラゲが教えてくれた。
 しかし、生物の源は海であり、人間も海が恋しいのだろう、あるいは夏の名残を惜しむのだろうか、お盆をすぎても、海に入る人間は少なくない。
 そして今年も、たくさんのクラゲが愛の告白をするのだった。

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